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Introduction   

2016年 08月 26日

c0180341_424428.jpg   創価の森の小さな家

当ブログへようこそ!
創価学会員の菊川広幸(HN)と申します。
茨城県の壮年部です。本当に書きたいことを書くために、創価系ブログを立ち上げました!^^
日常生活のひとコマから、創価学会の動向まで、いろいろお話をしています。
今後とも、宜しくお願いいたします!

1.作者プロフィール (創価の森ブログ管理人の自己紹介です)
2.ブログ記事ダイジェスト (創価の森ブログの3年間の歩みをまとめました)
3.創価の森通信フリーダム (自在会サポートブログです)
4.創価の森ブログ<別館> (ご指摘やご質問は、このブログをご利用ください)
5.ひらがな御書 (音声ソフトで読む御書のホームページです)

<お知らせ>
一部の許可画像を除き、創価の森ブログ内の記事・画像関係のコピー・ダウンロード・転載・引用を含む無断使用を禁じます。「魚拓」にとることも禁じます。
コメント投稿においての他ブログ、ホームページ誘導URLの使用を禁じます。
URLが使用された場合、URLを除いて再投稿します。

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# by sokanomori | 2016-08-26 04:24

<別館>と<創価の森通信>のご案内   

2016年 06月 24日

以下のアンダーラインをクリックしてご覧ください。
2016年8月27日 <ひらがな御書> 162.時光御返事(b1549)
2016年8月27日 <ひらがな御書> 161.種種物御消息(b1547-2)
2016年8月25日 <別館> 浮気や離婚に負けないで!
2016年8月25日 <森通信> 可延定業書(2016年9月度座談会御書)
2016年8月24日 <別館> 大事なことは人間革命すること
2016年8月22日 <森通信> 統合失調症を克服し社会復帰した体験
2016年8月22日 <別館> 捨てられた私が思うこと

# by sokanomori | 2016-06-24 00:53

ブログ終了のお知らせ   

2013年 11月 30日




当ブログは2013年11月30日にて完結いたしました。
コメントの受付は、同年12月31日をもって終了しました。
今後は<創価の森通フリーダム>で自在会用ブログとして運営します。
その新しいブログは、→ここをクリック!

# by sokanomori | 2013-11-30 23:45

さようなら!   

2013年 11月 30日

◇このブログは私の53年間の体験談です。

c0180341_18342199.jpg過去から現在、そして未来へと、時代は移り変わります。
生まれたものは、輝かしい青年期を経て老人となり、
やがて、その一生を終えなければなりません。
釈尊に始まる仏教はシルクロードを渡り、
中国、朝鮮半島を経て、私たちの日本に伝来しました。
人類が真に豊かに、あるいは各々の不幸をどのように克服していくか。
その智慧の教えと実践方法が仏教です。
無宗教の人たちから見れば、仏教は葬式のためにあると思われるかも知れません。
けれど、仏教は、生きている人のためにあるのです。
このブログは、平凡な一人の学会員の53年間の軌跡です。
そして、読者の方々の温かな励ましと導きに支えられたブログです。
お時間のある方は、どうか、ご覧になってください。
きっと、新しい何かが見つかることでしょう。

c0180341_18345817.jpg

読者の皆さま、お付き合いをいただき、誠にありがとうございました。
また、コメントを下さった皆さま、心より感謝しております。
思いは尽きませんけれど、これにてブログを終了いたします。
リアルブログは、もう、これからはありません。
私は語り尽くしました。ですから悔いもありません。
少しゆっくりさせていただいて、また新しい夢に向かって歩んでまいります。
皆さまのご多幸とご健勝を、心よりお祈り申し上げます。
どうか、いつまでも、いつまでも、お元気でいてくださいね!
それでは、皆さん、さようなら!

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# by sokanomori | 2013-11-30 21:14 | 体 験 | Trackback | Comments(106)

あとがき(下)   

2013年 11月 29日

◇5年間のフライトを終えて思うこと、感じること。

c0180341_643399.jpg「創価の森の小さな家」
ふと、思い付いたブログの名前。
最初に「創価の森」という言葉が浮かび、しばらくして「平凡な自分」という意味で「小さな家」と名づけました。そのブログも、もうすぐ終了です。
今、私は、翼を休めた飛行機の中にいて、ついに降り立つ時が来たことを感じつつ、座席に待機している‥そんな心境です。

ほぼ毎日、ブログの記事を更新しました。我ながらよくやったと思います。
もう一度やれと言われても、二度とできないと思います。
ブログの1つ1つの記事は、私の人生の断片です。
創価学会の家族のもとに生まれ、学会員として生きる一人の人間が、日頃、何を考え、どのような生活をしているのか‥
5年間の記事は1300以上に及びます。1つの記事は小さいけれど、その1つ1つが積み重なり、1人の学会員を知るには役立つブログになったと思っています。
朝晩の勤行、唱題。家族との触れ合い。友人との対話。
出勤し、仕事をしてくたびれて‥
休日の過ごし方。学会活動。選挙。趣味。泣いたり、笑ったり‥
嬉しいこと、悲しいこと、いろいろなことがありました。
それが1300の記事として残りました。
私の生活の基盤にあったのが、創価学会の宗教でした。
では、創価学会の宗教とは何でしょうか。
1993年、ハーバード大学で、池田名誉会長が講演をされています。
この時、名誉会長は、「宗教判断の基準」について、宗教が人間を「強くするのか、弱くするのか」、「善くするのか、悪くするのか」、「賢くするのか、愚かにするのか」、その3つの基準で見極めるべきであるとの提言をされました。
私は、信仰によって強くなったでしょうか、それとも弱くなったでしょうか。
善くなったでしょうか、悪くなったでしょうか。
賢くなったでしょうか、愚かになったでしょうか。
その判断は、読者の皆さまにおまかせいたします。
ただ、少なくとも、この53年の私の人生は素晴らしいものでした。
53年の人生に、感謝以外ありません。
どうか、皆さまが清らかで美しい人生を歩まれますよう。
また、ご家族さま、ご友人さまのご多幸が続きますよう。
そのことを祈りつつ、「あとがき」とさせていただきます。

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# by sokanomori | 2013-11-29 21:24 | Trackback | Comments(30)

あとがき(上)   

2013年 11月 28日

◇夢の冒険飛行から見えた風景。
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c0180341_21272830.jpg48歳の時、50歳の近きを知り、何かできないかと考えてスタートしたブログ。
私の場合、通勤電車で長く時間を取られることから、通勤時間の活用が大きなテーマでした。私は、この通勤電車の移動時間を使って記事を作るようになりました。
ブログの冒頭、私は以下のコメントを記しました。
「創価学会とは何か。現代の生きた宗教とは何か。私は、このブログを通じて、創価学会の真実の世界を語りたいと思います。私は1つのサンプルです。この1つのサンプルから、創価学会の一端を知っていただければと思います」と。
当時の記事は、→ここをクリック!
このコメントの意味は、世間の悪意に満ちた人たちによって、創価学会が狂気の集団、洗脳されたロボットと吹聴していることに対し、「私、ヘンですか?」と問うことでした。
私の人生を1つのサンプルとして提示する。
そして、学会員としての私の生い立ち、現在、そしてどこに行こうとしているのかを見て頂きながら、現実の学会の姿を知っていただく。
このブログのテーマとは、「平凡な学会員の生活」を表現することでした。
私は、毎日、デタラメの批判が横行するインターネットの広大な空に向かって声を発し続けました。言葉だけでは伝わりにくいと考え、ポケットカメラを持ち歩き、できる限り私の目で見ている世界を映像で伝える工夫をしました。
池田先生を、創価学会を、同志の素晴らしさを日々に語りました。
5年間です。1825日。するとどうでしょう。
その声は、地球の反対側の人たちにも届きました。
アジア、アメリカ、ブラジル、欧州、ロシア、中近東‥
大西洋を航海している波涛会(はとうかい)の人からもコメントを頂きました。
「日本語のブログが、海外でも見られている!?」
驚きました。世界中で、見てくださっている同志がいること。
気付けば、延べ100万人を超える方がこのブログを見たのであり、1万を超える善良なコメントが蓄積されたのです。
こうして私は、さまざまな意見、考えを学びながら歩みました。
広宣流布大誓堂が完成し、世界広布・新時代の幕が開きました。
幸せです。今、私の心には、希望が大空のように広がっています。
次の記事は、→ここをクリック!




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# by sokanomori | 2013-11-28 21:49 | Trackback | Comments(26)

リアルブログの終わりに   

2013年 11月 26日

◇「創価の森の小さな家」のご案内。
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野を越え、山を越えて歩みました。
そして、5年が経ちました。
気付けば、48歳の私は53歳になりました。
日々、善良な読者の方々から、沢山の教え、導き、励ましをいただきました。
本当にありがたい、感謝に尽きない5年間でした。
このブログは、皆さまと共に築いたブログです。
今、私の心には感謝が海のように広がっています。(^^)
以下に、当ブログの柱となる記事のご案内を申し上げます。
(アンダーラインをクリックしてご覧ください)
1.祈り・体験(勤行・唱題、功徳・信仰体験について)
2.活動・対話・座談会(仏法対話、各種会合について)
3.御書・書籍(座談会御書、学会書籍、良書のご案内)
4.ひらがな御書・その他ブログ(創価の森ブログ以外のサイト)
5.創価三代会長・学会本部(牧口・戸田・池田会長と信濃町学会本部)
6.猫・動物(ラッキー他、犬、猫、魚、鳥、昆虫の記事)
7.ふるさと・創価家族(岡山の家族、親戚、友人、知人)
8.マラソン・趣味(ジョギング、マラソン、個人的趣味)
9.健康づくり(私の健康づくりの工夫)
10.日常(筆者の日常生活のあれこれ)
皆さま、本当に、本当に、ありがとうございました!

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# by sokanomori | 2013-11-26 21:44 | 挨 拶 | Trackback | Comments(28)

永遠のラッキー   

2013年 11月 26日

◇冒険を支えてくれた妙法猫。
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5年前のこと。
君の写真をintroduction記事に貼った。
その日から、僕たちの冒険が始まった。
広大無辺なネットの海をずっと一緒に旅をしたね。
この物語には、いつも君がいてくれた。
長い旅の終わりに僕は気付いた。
君がいてくれて、このブログがどんなに豊かになったことか。
嬉しいときも、悲しいときも、傍にいてくれた君。
君がいてくれたことに、僕の心は感謝で一杯なんだ。
その感謝の心が大き過ぎて、言葉にならない。
嗚呼、美しい港が見える。旅も、もうすぐ終わるんだね‥
ラッキー、ありがとう!(^^)
これからも、ずっと、ずっと、一緒だよ。^^
introductionの5年前の記事は、→ここをクリック!
ラッキーカテゴリは、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2013-11-26 06:09 | 飼い猫ラッキー | Trackback | Comments(14)

創価学会仏 (そうかがっかいぶつ)   

2013年 11月 24日

◇戸田先生が語られた創価学会仏。

c0180341_1651143.jpg創価学会仏(そうかがっかいぶつ)。
以前、「創価学会仏?」という記事を書いた。
その記事は、→ここをクリック!
Oさんが、創価学会仏の記述を見つけたのは、聖教新聞社の「御書と師弟1」という書籍であった。
著者は池田名誉会長である。
その66ページに、次のように書かれている。
-------------------------

<創価学会仏とは>

アメリカの著名な仏教研究者であるクラーク・ストランド氏は、こう述べられておられた。
「歴史的に見ても、新しい宗教革命が起きる時は、その宗教が伝わる勢いは大変なものがあります。理屈を超えて、人の心から心に伝わっていく。
創価学会を研究してきて、おそらく500年、1000年に一度、誕生するかしないかの偉大な宗教であると確信します」
深く、鋭く見てくださっています。
戸田先生はこう語られたことがあります。
「法華経には、威音王仏(いおんのうぶつ)という仏が登場する。
二万億もの仏が、みな同じ威音王仏という名前で、長遠の歳月、衆生を救済してきたと説かれている。この威音王という名も、優れた仏の名であったかもしれないし、また、そういう教団があったとも考えることができる。
同じように、“創価学会”という教団は、必ず未来の経典に金文字で記される。
“一閻浮提(いちえんぶだい)広宣流布”という未来記を実現した創価学会仏として、永劫に仰がれゆく」 (以上、主要部分の抜粋)

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この書籍に、池田先生は、戸田先生の言葉をさらにご紹介くださっている。
「戸田先生はよく言われました。
お金がなくて悩む。体が弱くて悩む。悩みは多次元に渡って、時々刻々と起こってくる。
その中にあって、法を弘めようとして悩む。人々を幸福にしようと悩む。
正しき信心に立って、法のため、人のため、広宣流布のために悩む、ということは、最大の素晴らしい悩みである」と。
-----------------------
創価学会仏とは、師匠だけではなかった。創価学会員全体のことであった。
ならば、私も読者の皆さまも、将来、経典に金文字で記される仏ということになる。
様々な宿命に悩み、祈り、解決しながら、創価学会仏として生きる私たち。
私たちは大英雄であり、未来に燦たる創価の仏である。
何というありがたいことであろう!(^^)
その確信と幸せを噛みしめつつ、朗らかに歩みたい。

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# by sokanomori | 2013-11-24 17:23 | 学会書籍記事 | Trackback | Comments(29)

霊鷲山の入口   

2013年 11月 24日

◇創価学会総本部は現代の霊鷲山。
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霊鷲山(りょうじゅせん)。
古代インドの王舎城の東北の山の名前である。大智度論第三巻に「山頂が鷲(わし)に似ている」こと、「鷲が多くいる」ため、霊鷲山と名づけられたとある。
この山で法華経が説かれたため、霊山浄土ともいい、仏国土を意味するようになった。
御義口伝には、「霊山とは御本尊並びに日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住所を説くなり」(757頁)とご教示されている。
また、「霊と云うは法華経なり・三世の諸仏の心法にして悟なり・鷲と云うは畜生にして迷なり・迷悟不二と開く中道即法性の山なり」(811頁)とも述べられている。
池田先生は、「仏法が説かれ、功徳が語り合われ、発心を誓い合う場となる会場は、さながら現代における霊鷲山会であり、虚空会といってよい。そこは生命蘇生の宝処である」と述べられている。その中でも、ことさら広宣流布大誓堂が完成した今、信濃町駅が霊鷲山の入口に思えてならない。(上写真はJR信濃町駅)
池田先生は、各種の会合、その場所が霊鷲山であると言われたが、広宣流布の本陣たる総本部は、霊鷲山の中の霊鷲山ではないだろうか。
池田先生は、信濃町を「信心が濃くなる町」と言われた。
これから、全国、全世界の同志が、この信濃町に集い、自らの広宣流布を誓い、信心をより深く、より濃くしていくことだろう。
さて、11.18に、池田先生は全同志に、次のお歌をくださいました。
「天までも 宝友(とも)と積みゆく 功徳城 師弟の万歳 永遠(とわ)に輝け」
「創価山 元初の誓いの 家族かな 苦楽を分かち 勇気を世界へ」
「大胆に 広布の新風 起こしゆけ 不二の若人 黄金(きん)の歴史を」
創価も同志も、永遠に輝かなければなりませんね!
苦楽を分かち、新しい風を起こして、黄金の歴史を作る‥
このお歌から、ますますの大前進を決意しました。
私、池田先生が会長になられた1960年に生まれました。
池田先生と共に生きられたこの人生に感謝したいと思います。
池田先生、素晴らしい創価学会を築いてくださって、ありがとうございました!
生涯、先生の弟子として、生きて、生きて、生き抜きます!(^^)
創価三代会長のカテゴリは、→ここをクリック!
信濃町創価学会総本部は、→ここをクリック!
広宣流布大誓堂は、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2013-11-24 12:35 | 創価三代会長 | Trackback | Comments(4)

果たしたい夢   

2013年 11月 22日

◇10年後、必ずカタチにいたします。
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私には夢があります。
それは、自在会の人たちが御書や有益な学会情報を得られるサイトを作ることです。
インターネットにおける視覚障がいの人たちの目は“耳”です。
上写真は、PCトーカーという音声ソフト。
千早さんは、このソフトを使ってインターネットを見ています。
千早さんとの出会いは昨年のこと。
創価の森ブログにコメントを下さり、対話が始まりました。
ある日、その千早さんが「小さな一歩でしゅっぱ~つ♪」というブログを始められました。
千早さんのブログは、→ここをクリック!
このご縁が切っ掛けとなり、ブログ「ひらがな御書」が誕生しました。
私は千早さんに「10年かけてカタチにする」ことを約束しました。
その約束の記事は、→ここをクリック!
しかし、創価の森ブログとの二股は、物理的に厳しいものになりました。
そして、「二兎を追うものは一兎も得ず」と気付き、創価の森ブログを完結させ、ひらがな御書に注力することを決意しました。
創価の森ブログは終了まであとわずかになりました。このブログはもうすぐ終わりますが、次なる大きな目標が私にははっきりと見えています。
さて、御書のひらがな訳、また語句解説は思いの外大変です。加えて、最もムズカシイことは、“使いやすい仕組みをどう作るか”ということです。
本来、ブログというカタチではなく、ホームページで組み上げることがいいのかも知れませんが、私自身にそのスキルがありません。
けれど、私には「あれもやりたい」、「これもやりたい」という思いがあり、今後もいろいろ工夫、改善しながら、夢の実現を果たしたいと思っています。(^^)
尚、当ブログには、千ときひろ(千早さんと私)の対話シリーズがあります。
(千早さんとのリアル会談の記事もあります)
お時間のある方は、ぜひ、ご覧になってください。
千ときひろ対話シリーズは、→ここをクリック!
ひらがな御書誕生の経緯は、→ここをクリック!
ひらがな御書ブログは、→ここをクリック!

追伸:2014年3月16日に「ひらがな御書ホームページ」を新設しました。
ひらがな御書ホームページは、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2013-11-22 06:48 | ひらがな御書 | Trackback | Comments(48)

果たせなかった夢   

2013年 11月 20日

◇新・人間革命の感想文は残せませんでした。(^^)

c0180341_20283774.jpg創価の森ブログで果たせなかった企画があります。
1つは、小説「新・人間革命」全巻の読書感想文。もう1つは、法華経二十八品の解説でした。
この2つは、とても大きなテーマで、結局、思っただけで着手することなく創価の森ブログを完結させることになりました。
過去、小説人間革命全12巻の読書感想文を作りました。浅い記事ではありますが、それなりに大変でしたし、新・人間革命になると‥
尻ごみしました。でも、物理的に無理だったので納得できています。
今、池田先生は、新・人間革命全30巻の完成に向けて、命を削られながら執筆をされています。そのご心労は、想像を絶するものがあります。

c0180341_2029533.jpg私の平凡な日常生活を語るブログですら、日々更新することは大変でした。
まして、先生の場合は、途方もない激務の中でのことですから、私など考えも及ばぬ壮挙です。
小説「新・人間革命」は、1960年10月2日から始まります。
池田先生は、会長就任のその年に、一路、ハワイからアメリカへ。
生前、戸田会長はメキシコに行った夢を池田先生に次のように語っています。「待っていた。みんな待っていたよ。日蓮大聖人の仏法を求めてな。行きたいな、世界へ。広宣流布の旅に‥伸一、世界が相手だ。君の本当の舞台は世界だよ」と。この御遺命を胸に、青年会長は海を渡りました。
同年10月14日、池田会長は国連本部に出向きます。
一行は、国連本部の本会議の議事を傍聴します。池田先生は、アフリカ諸国の代表をご覧になられました。そして、生き生きと活力に満ちた姿を見て語りました。
「21世紀は、必ずアフリカの世紀になるよ」
以来、53星霜‥ 今、創価は、アフリカ大陸、全世界に広がりました。
その壮大な歴史の記録が、小説「新・人間革命」に詰まっています。
今、広宣流布大誓堂が完成し、後継の弟子たちが前進を開始しました。
精鋭の世界の弟子たちは、皆、この小説「新・人間革命」に学んでいます。
私も生涯、座右の書として学び続けてまいります。
写真は、英語版の新・人間革命です。
(イラストは、日本のものと違います)
小説・人間革命12巻の読書感想文は、→ここをクリック!
新・人間革命の感想文(少量)は、→ここをクリック!
英語版のSGI経本は、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2013-11-20 21:24 | 新・人間革命感想文 | Trackback | Comments(23)

カレーライスと赤ワイン   

2013年 11月 20日

◇11.18記念勤行会のことを回想しつつ。
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先日、学会本部で11.18勤行会に参加しました。
勤行会の会場はいくつかありますが、私が参加したのは創価文化センター6階。
1000人収容できる金舞会館に導かれ、何と御本尊の正面、しかも二列目。
席が埋まり、登場した導師を見て心底、ビックリ!
何と、原田会長だったのです。(^◇^)
オオーッ!と歓声が上がりました。私と原田会長との距離は3m‥
あまりの出来事に、一気に視界が曇り、涙がドッ!
方便品の最後まで、声にならない勤行になりました。^^
烈々たる勤行・唱題が終わり、原田会長は外国のメンバーに起立するよう伝えました。
「どこから来られましたか!」との問いに‥
「イタリア!ニューヨーク!カルフォルニア!フランス!ハワイ!コーリャン!フロリダ!ブラジル!アフリカ!ボストン!モロッコ!アイスランド!マレーシア!」
SGIメンバーが声を発するたびに、拍手と歓声が轟きました。
原田会長は、池田先生のメッセージを伝えてくださいました。
「大聖人は、阿仏房さながら宝塔、宝塔さながら阿仏房と述べられていますが、広宣流布の誓願に生きる皆さまは、さながら大誓堂、大誓堂さながら皆さまです。今の苦労は、全て広宣流布の鍛えになります。いよいよ胸を張り、足どり軽く歩んでください」
メッセージが胸を貫き、また滂沱の涙が‥
思いの全てを祈り切れました。大功徳の勤行会でした。(^^)
さて、この写真は11.18の祝賀を終えた、わが家の晩餐です。
カレーとワインは合いません。ビールでしょうね、本当は。
でも、誰かさんに頂いたワインを置いて、記念写真をパチッ!
誰かさんにもらったワインは、まだ、もったいなくて飲んでいません。
ブログを終えたらゆっくり飲もうと思っています。
それとも、クリスマスソングを聞きながら飲もうかな!^^
ちなみに写真のワイングラスは「猫グラス」です。
特製「猫グラス」の記事は、→ここをクリック!
クリスマスの記事は、→ここをクリック!
赤ワインの記事は、→ここをクリック!




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# by sokanomori | 2013-11-20 00:08 | 日 常 | Trackback | Comments(27)

広宣流布大誓堂と創価学会   

2013年 11月 18日

◇祝11.18(世界広布新時代・第1回本部幹部会)
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c0180341_2125191.jpg1953年、創価学会本部は西神田の小さな建物から信濃町に移転した。
その経緯は、→ここをクリック!
移転先の洋館は、やがて鉄筋コンクリートの本部として建て替えられる。
旧本部は、→ここをクリック!
今、私たちの眼前に聳える建物は、貧乏人と病人と揶揄され、さげすまれた創価学会の勝利の証。創価総体としての宿命転換の実証である。
その創価学会を取り巻く歴史は、一方で苦難と迫害の連続だった。
牧口初代会長が獄死され、戸田先生が1人、戦争末期の焼け野原に立たれた。
戸田第二代会長は言われた。
「一歩も退かず、大折伏して、牧口先生の仇を討っていく」
仇討とは、個人の復讐ではない。
「真実の平和と幸福の社会を築くこと」と池田先生はご教示されている。
この三代会長・池田先生もまた、恐るべき迫害を受ける。会合にも出席を禁止されるという孤立無援の状態に陥る。嫉妬に狂った宗門の策謀の中、会長勇退を強いられたのだ。
戸田先生の焼け野原からの立脚と同じく、池田先生もまた、一人立たれる。そして、全世界192ヵ国・地域の世界宗教を創り上げていく。
今月、11.18を祝賀する本部幹部会。それは、世界宗教・創価学会が世界広宣流布を果たし行く誓願を新たに立てた幹部会であった。
池田先生は、「自らが幸せになる。他をも幸せにする。それが広宣流布」と言われた。
そうだ、世界中の人々を幸せにすること、それが創価学会の誓願であり、祈りであり、行動である。その大宣言が、今、全世界、全人類に放たれたのだ。
それは、会員の一人一人、すなわち、私の、あなたの宣言でもある。
創価とは、私たち自身なんだ。あなたであり、私なんだ。
さあ、前進しよう。先生と共に!広宣流布大誓堂と共に!

追伸:信濃町総本部の写真を以下に掲げます。
(アンダーラインをクリックしてご覧ください)
◆旧学会本部解体から広宣流布大誓堂完成までの写真集。
◆広宣流布大誓堂(旧名・総本部)の詳細な写真。(130枚)
◆創価文化センターの建設から完成までの写真。
◆信濃町総本部の各種会館の写真。

尚、当ブログの総本部写真は、善意の創価学会員に限りご利用いただけます。
ただし、“使用条件”がございますので、以下のご案内をご一読ください。
使用に関するご案内は、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2013-11-18 06:59 | 創価学会本部 | Trackback | Comments(32)

広宣流布誓願の碑 (こうせんるふせいがんのひ)   

2013年 11月 18日

◇広宣流布大誓堂の「碑文」を我が魂に刻みたい。

c0180341_22511389.jpg本日の聖教新聞に、「広宣流布誓願の碑」の報道があった。
創価学会創立83周年に完成した広宣流布大誓堂の「広宣ホール」に設置された碑。
池田名誉会長が、願いを込めてつづられた遺言ともいえる碑である。
新聞の碑文を拝し、魂が洗われ、決意が生まれた。
この広宣流布誓願の碑文を、私は生涯の指針としたい。以下にこの碑文の全文を記録に留める。

    <広宣流布誓願の碑>

一閻浮提広宣流布は日蓮大聖人の御遺命なり。
創価学会は広宣流布を実現しゆく唯一の正統たる教団なり。
1930年11月18日‥
宿縁深厚なる師弟によりて創価学会は誕生せり。
先師 牧口常三郎初代会長は戦時中、生命尊厳の仏法を弘め、
軍部政府に投獄せられ殉教なされたり。
生きて牢獄を出た恩師 戸田城聖第二代会長は、
地上から悲惨の二字をなくさんと生涯を捧げらる。
師の不惜身命の精神を継ぎ、第三代会長として我は立ちたり。
共戦の同志と共に妙法という幸福の種を蒔きし勇猛精進の歴史よ。
世界192箇国・地域に平和と文化と教育の花は爛漫と咲き薫る。
2013年11月18日‥
先師の魂魄を留め、恩師が広宣流布の指揮を執りたる、
ここ原点の地・信濃の町に、
第三代の発願し命名せる「広宣流布大誓堂」は建立されたり。
須弥壇には「大法弘通慈折広宣流布大願成就」と認められる、
創価学会常住の御本尊を御安置奉る。
我ら民衆が世界の立正安国を深く祈念し、
いかなる三障四魔も恐るることなく、
自他共の人間革命の勝利へ出発せる師弟の誓願の大殿堂なり。
報恩抄に宣わく、
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし」
広宣流布は、世界の平和と社会の繁栄を開きゆく大道なり。
全人類を救わんとする、我らの久遠の大誓願なり。
今、地涌の菩薩は陸続と躍り出て、
法華経の人間主義の大光は五大州を照らす。
日蓮大聖人に直結し創価三代に連なる宝友が異体同心の団結で、
未来万年にわたる「広宣流布」即「世界平和」の潮流を、
いよいよ高めゆかんことを、ここに強く念願するものなり。

先師・恩師への報恩を込めて
創価学会第三代会長
池田大作

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# by sokanomori | 2013-11-18 06:55 | 創価学会本部 | Trackback

創価学会の御本尊   

2013年 11月 17日

◇1000万遍唱題を果たして思うこと、言いたいこと。

c0180341_16505584.jpg私は、百万遍唱題を10回果たした。すなわち1000万遍唱題をしたことになる。
その記事は、→ここをクリック!
27歳の時に生まれて初めて百万遍を唱えたが、以後、40歳で再び百万遍の挑戦を始めた。いずれも、抜き差しならない不幸に陥ったからである。
今、私は53歳だから、四半世紀の間に10回の百万遍挑戦をしたのである。
平凡と言えば平凡。
しかし、この修行がもたらした幸せは途方もないものでした。
世にいう、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」というようなものではない。
乞食と王様ぐらいに変わったのです。闇が光に変わった。
写真は、仏具屋に売られている御祈念帳です。中身は、単に縦線が入ったメモ帳なんですが400円もするのです。100円ショップのメモ帳と機能は同じ。ただ、この表紙にある「御祈念帳」の四文字が気合を入れてくれるのです。(^^)
この御祈念帳に書いた40~43歳までの500項目以上の私の願いは、ことごとく果たされました。私は、この信仰がおとぎ話ではなく、本物の宗教であることを知りました。
この御祈念帳の記事は、→ここをクリック!
当時の体験談は、→ここをクリック!
私は窓際族を脱却しただけではありません。
人生がぐるりと変わった。望んだこと以上の人生に変わったのです。
しかし、その勝利の後、500万遍を唱えているとき、大変な事態が発生します。
魔は天界に住む‥私、ショックで御本尊の前に座れなくなるような出来事が発生したのです。心の火が全部消えて、お題目が唱えられなくなりました。
やがて、その問題は解決されるのすが、2年ほど意気消沈した時期がありました。
(この体験は、私の最大の体験ですがブログ記事にはしていません)
右肩上がりで、青天井の人生なんてありません。
上がったり、下がったり、泣いたり、笑ったり‥
でも、やがて元気を取戻し、信心、学会活動に動ける自分になりました。
そして、のべ10回、総数1000万遍となる百万遍唱題を果たすことになったのです。
本当に見事に人生、変わりましたよ。スゴくて、そして不思議な信心なんです。
創価学会に敵対する宗教が、「創価学会はニセ本尊」と言っていますね。
今、日顕宗と呼んでいる宗教などが騒いでいます。
けれど、文証より理証、理証より現証です。
すなわち、「理屈じゃないよ。実証だよ」ということ。
なんだかんだ言ったところで、大事なことは「幸福実現力」です。
「どっちが幸せですか」ということ。(^^)
見比べていただくしかない。これからもずっと。
本日、11.18の祝賀の本部幹部会同時放送を見てきました。
広宣流布大誓堂の完成、そして、世界宗教となった大勝利の歌声‥
貧乏人と病人の宗教と馬鹿にされた創価学会の空前絶後の勝利に‥涙しました。
ずっと、ずっと泣き通しでした。嬉しくて、嬉しくて‥
わが家は、「貧乏人と病人」の典型的な家族でしたから。
私の祖母の記事は、→ここをクリック!
ここに、私は、大音声で宣言したいと思います。
「創価こそ、宗教界の王者である。この現実を見よ!」と。
私の体験カテゴリは、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2013-11-17 18:35 | 創価学会豆知識 | Trackback | Comments(26)

1000万唱題   

2013年 11月 16日

◇10回目の百万遍唱題ができました。
c0180341_206232.jpg

念願であった1000万遍唱題‥その挑戦が終わりました。
真紅に輝く“VICTORY”がその証です。(^^)
創価の森ブログの終わりが、このような区切りになるなんて‥
夢のように思います。本当に不思議です。
以下に1000万遍唱題の10回分の記事を添付します。
(アンダーラインをクリックしてご覧ください)
◆100万遍唱題 (当時の唱題表は存在しません)
◆400万遍唱題 (40歳から43歳までの300万遍の唱題表です)
◆500万遍唱題  ◆600万遍唱題目  ◆700万遍唱題目
◆800万遍唱題  ◆900万遍唱題 
(1000万遍はこの記事の唱題表です)
最初の百万遍はメモ帳に記入したもので、現存していません。
その他の900万遍は、上記に示す通りです。
40歳で発心して13年。その間に、9回の百万遍唱題に挑戦しました。
500万遍時点で一度挫けましたが、その時に唱えていた65万遍があり‥
そこに35万遍を加え、トータルで900万遍となりました。
そして、27歳のときの百万遍を加えて1000万遍。(^^)
四半世紀をかけてのお話ですから、多いようで少ないかも。
でも、とっても嬉しいです。私は幸せです!^^
挫けた唱題表の記事は、→ここをクリック!
祈りカテゴリは、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2013-11-16 20:48 | 祈 り | Trackback | Comments(43)

還暦の夢   

2013年 11月 16日

◇健康長寿にかかせない運動。
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c0180341_15281727.jpg晴天下、一人、ジョギングをした。
写真は、電車の高架橋。まるで、広宣流布大誓堂を彷彿とさせる雄姿‥
と、思うのは、私だけでしょうね。(^^)
小銭と家のカギ、ポケットカメラ‥持ち物は、ただ、それだけ。
心を空っぽにして、のんびり走る。
あれこれ考えず、ありのままの風景を楽しむ。いいものですよ、ジョギング。
それで、最後の自画像をパチッ!
私の奥さんとの影写真は、→ここをクリック!
さて、下写真は、過日、聖教新聞に載っていた養命酒の広告です。
「長寿を祝って健康に!」との見出しの下に、還暦、古希、喜寿と続く。
米寿(88)も有名ですが、何といっても還暦(60)が一番有名ですね。
若かりし頃は、還暦の60歳というのは遠い存在でした。
還暦=年寄=人生の終わり‥そんな風に感じていました。
けれど、53歳で、還暦が具体的意味を持つようになって、受け止め方が変わりました。
確かに還暦とは、イコール老人の仲間入りであるという認識はあります。
けれど、イコール人生の終わりという認識は、まったく違っていたのです。
「引退して、何もすることがない」というなら「人生の終わり」でいいけれど、現実には家のローンの支払いや、余生のための貯え、また、人生の総仕上げで「最も大事な最後の現役時代」です。「終わり良ければ、全て良し」で、人生の総仕上げをする60代、70代を勝利するために、若いときと変わらぬ苦労が続くのです。
ゆえに、赤いちゃんちゃんこを着て、笑顔でお酒を飲んで“めでたし、めでたし”で終わりにできません。むしろ、社会的責任も重くなり、背負うものが大きくなるピークの年齢ですから、若いとき以上に頑張らなければなりません。
「50代で失敗した事業家は、数百人に1人しか再起できない」と、多くの高齢の経営者から聞きます。ゆえに、最後の最後まで、気を抜けません。
だから、還暦で失敗できないし、還暦を勝利して迎えることが大きな目標になるのです。
50年も生きれば、人生の怖さ、恐ろしさも知っている。
その50代にして、還暦の持つ重み、大事さがはっきりと見えるようになりました。

c0180341_15344484.jpg

いずれにしても、その歩みの大前提は「健康」です。
体が弱かったり、病気だったりすると、現実社会の荒海は渡れません。
だから、私は、ジョギングを続け、戦える体を作っているのです。
私の一つの夢は、還暦のとき、赤いシューズでフルマラソンを走ること。
走れるということは、仕事も健康も円滑だという証左ですからね。
60歳に、3度目のフルマラソンを完走したいと思っています。(^^)
私、これからも、健康づくり続けます。
どうか、皆さまも、健康づくりチャレンジしてください。
過去のフルマラソン記事は、→ここをクリック!
ハーフマラソン記事は、→ここをクリック!
私の健康づくりは、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2013-11-16 16:03 | マラソン | Trackback | Comments(7)

塩の行進   

2013年 11月 14日

◇闇を打ち破り永遠に前進する創価。
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ブログ完結まで、残り半月となりました。
広宣流布大誓堂が完成し、未曾有の11.18を迎えるこの時期、ブログが完結になることに大変不思議な意義を感じています。
善なる同志と共に、外部の友人、知人と共に、歩んだ5年‥
今、私の心は感謝の気持ちで一杯です。(^^)
私は、この5年間、沢山の素晴らしい同志の方々(外部含む)の声を聞きました。
一方で、その声に等しく、批判、中傷、悪口の声を聞きました。
創価学会員として語れば、必ず悪口罵詈(あっくめり)されます。
その中には、沢山の勘違い、異常な視点からの批判も散見されます。
しかし、私は、反論をしないことを決めて歩みました。
“目には目を、歯には歯を”で歩んだなら、今の創価の森ブログはありません。
忍辱の鎧(にんにくのよろい)を着て歩んだ5年でした。
さて、忍辱の鎧と言えば、マハトマ・ガンジーを思い出します。
ガンジーは、非暴力でインドを解放した人。
そのガンジーの生涯の中で、最も有名な戦いが「塩の行進」です。当時、塩を作ることは「イギリスの特権」で、インド人が塩を作り販売することは許されていませんでした。
ガンジーは、「塩を作る」ことを公言し、400km先の海岸を目指して行進します。
その歩みは、やがて、沢山の数えきれない人たちの集団となります。
やがて海岸にたどり着き、海水から一握りの塩を作ります。
ガンジーは逮捕され、投獄されます。
さらにガンジーを支持する人たちも同様に投獄されます。
やがて監獄は、逮捕されたインド人で溢れかえり、収容不能になりました。
このことが起爆剤となり、インドの大衆が目覚め、立ち上がりました。
そして、イギリスの統治は崩壊し、インドは独立を果たしました。
ガンジーの言動と行動は、まさに創価の歩みそのものです。
今も、創価学会を批判する言論は後を絶ちません。
けれど、文証より理証、理証より現証です。
創価は未来万年、勝利と歓喜の現証を示しつつ、誹謗中傷を乗り越え、障害を打ち破って、さらに広く、さらに深く、広宣流布を果たし行くことでしょう。
私もその一員として、この信念の道を歩み抜く決意です。
ガンジーの書籍は、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2013-11-14 23:56 | アンチ創価学会 | Trackback | Comments(23)

日蓮大聖人年表1 <御生誕から佐渡流罪前まで>   

2013年 11月 14日

◇佐前佐後(さぜんさご)に分けて解説します。

c0180341_619550.jpg過去、簡単な年表を作成したことがあります。
その年表は、→ここをクリック!
このほど、詳しい年表を作成しました。
日蓮大聖人の御生涯とはいかなるものだったのか‥
教学の研鑽でご活用いただければと存じます。
竜の口、佐渡流罪前後の2つに分類して提示いたします。
(御年齢は、大聖人の数え年です)


1歳.
1222年 貞応元年(承久4年を改元) 
2月16日、安房国 長狭郡東条郷(ながさきごおり とうじょうのごう)、現在の千葉県鴨川市に「片海の海女が子」として御生誕された。幼名は善日麿。

5歳.
1226年 嘉禄2年
8月1日、幕府、銅銭通用を勧める。銭千枚をひもで貫いたもの貫差(かんざし)といい、おおむね一貫文で米一石が相場であった。

9歳.
1230年 寛喜2年
全国的に大飢饉となる。(寛喜の飢饉)
この年、長雨、低温、暴風などの異常気象で大凶作となり、凶作は翌年まで続いて餓死者が続出した。当時の記録として、「明月記」には、「餓死者が充満し、その死臭が家までに及ぶ」と記されている。

12歳.
1233年 天福元年(貞永2年を改元)
清澄寺に入学。虚空蔵菩薩に「日本第一の智者となしたまえ」(888頁)と誓願する。
清澄寺は天台宗であったが、のちに真言宗となり、昭和24年(1949年)には日蓮宗に改宗した。

14歳.
1235年 嘉禎元年
鎌倉に地震続発。京都に疱瘡(天然痘)が大流行した。天皇家、幕府要人も天然痘になっていることが記録に残されている。

16歳.
1237年 嘉禎3年
清澄寺の道善房を師として出家得度し、是聖房蓮長と名乗る。

17歳.
1238年 暦仁元年
鎌倉に遊学する。

19歳.
1240年 仁治元年
鎌倉地震にて、幕府の主要な祭祀場の鶴岡八幡宮が倒壊。

21歳.
1242年 仁治3年
鎌倉遊学を終えて、比叡山に遊学。ここを拠点として、畿内や高野山などで修学された。大聖人は比叡山であらゆる経典を読破され、法華経が釈尊の正しい教えであることを確信された。

26歳.
1247年 宝治元年
6月5日、北条時頼が三浦氏を討つ。(宝治の合戦)三浦家は滅亡。
11月26日、鎌倉大地震。

32歳.
1253年 建長5年
日蓮と名乗る。4月28日、安房国清澄寺にて立教開宗する。
直後、念仏者の地頭・東条景信によって清澄寺を追われる。
鎌倉の松葉ヶ谷に草庵を結ぶ。
この年、富木常忍が帰依する。

35歳.
1256年 康元元年
8月6日、鎌倉大風洪水。9月以降、赤痢などの伝染病が流行。
11月23日、北条時頼、最明寺で出家。
工藤吉隆、池上宗仲、四条金吾らが入信。

36歳.
1257年 正嘉元年
8月23日、正嘉の大地震。鎌倉を中心に起こった大地震で、鎌倉全域に甚大な被害に及び、地震以降、飢饉、疫病が広がり凄惨を極めた。
大聖人ご自身、この震災を体験され、このことが契機となって「立正安国論」が執筆されることになる。

37歳.
1258年 正嘉2年
6月、鎌倉大寒気し、全国的に大雨、洪水、疫病流行。
9月以降、諸国にて盗賊群が蜂起。
日蓮大聖人は、駿河国(静岡県)岩本実相寺にて、一切経閲覧される。日興上人が弟子となる。岩本実相寺には、当時、一切経が収められていたという。
(この年、日蓮大聖人の父、死去)

38歳.
1259年 正元元年
大飢饉、疫病の流行で数多くの死者が広がる。

39歳.
1260年 文応元年
この年、疫病が流行して収まらず。
4月29日、鎌倉で大火。
7月16日、「立正安国論」を前執権・北条時頼に提出。
8月、松葉ヶ谷の法難。

40歳.
1261年 弘長元年
伊豆流罪。この年、良観が鎌倉に入る。
「椎地四郎殿御書」 「船守弥三郎許御書」を著す。

41歳.
1262年 弘長2年
伊豆にあり。
「四恩抄」「教機時国抄」を著す。

42歳.
1263年 弘長3年
2月22日、伊豆流罪を赦免される。

43歳.
1264年 文永元年
5月2日、延暦寺の衆徒が対立していた園城寺を襲撃。
7月5日、大彗星が出現。
安房国に帰郷し、病身の母を祈り寿命を4年延ばす。
11月11日、小松原法難にて、東条景信ら数百人の念仏者らに襲撃を受け、弟子、檀徒(工藤吉隆)が殉死した。大聖人も額を切られ、左腕を打ち折られた。

46歳.
1267年 文永4年
8月、良観、極楽寺に入る。
大聖人の母、妙蓮死去。

47歳.
1268年 文永5年
1月、蒙古の国書が来る。日本に対する通商の要求であったが、拒否すれば武力侵攻もあるとの内容であった。
7月17日、朝廷が異国降伏の祈祷を命じる。
同年4月5日、大聖人は「安国論御勘由来」を顕され、10月11日、幕府や寺院などに「十一通御書」を送り、宗教の正邪を決するべきことを公場対決で求められた。

48歳.
1269年 文永6年
3月7日、蒙古の使者が対馬に到来して島民を拉致。
9月17日、高麗の使者が対馬に到来し、蒙古の国書を届ける。
9月24日、蒙古の国書、朝廷に届く。

次の日蓮大聖人年表2は、→ここをクリック!
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# by sokanomori | 2013-11-14 06:29 | 仏教豆知識 | Trackback