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一眼の亀  

2009年 10月 11日

◇正法に出逢うことの奇跡と幸福について。

千年に一度、海面に浮上できる一眼の亀。
この亀は、法華経、妙荘厳王本事品第二十七に「一眼之亀値浮木孔」として登場する。
その具体的内容は、雑阿含経巻十五の盲亀経に述べられている。
1000年のうち、999年と364日を海底で生活するこの亀は、手足が欠け、眼は1つである。背中が凍りつくほど冷たく、腹は鉄を焼くが如く熱く、無限の時間を苦しんでいる。
亀は1000年に1日だけ浮上して、栴檀の浮き木に乗り、背中を太陽に温め、腹を浮き木の穴で冷やしたいと願っている。
浮上するも、実際には海上で栴檀の木に巡り合うことすら奇跡であり、かつ、巡り合えたとしても、手足が欠け、一眼であることの悲しさ‥。東に流れる流木を西に見て逆に泳ぎ、正しい位置を確認できたとしても、不自由な体のため、浮き木に乗ることすら難しい。どどのつまり、亀は失意の中で、再び1000年の大海の底に沈むのである。悲しい亀は、末法の衆生を示し、浮き木は正法たる日蓮大聖人の仏法を表現しているのである。
国内の宗教法人の数は、文化庁の「宗教年鑑」から見ると、約18万3000法人もある。宗教が、宗(むね=根本)の教えとするならば、何故、18万もの宗教が存在するのであろうか?
18万を365日で割ると、493年という数字になる。すなわち、国内のありとあらゆる宗教を1日体験して優劣を確かめるとするなら、493年もかかるということである。
一眼の亀の例えは、おとぎ話ではない。現実に、この末法において、正法(日蓮大聖人の仏法)に巡り合うことの困難さは、この亀の例えが如きものである。
是非、大聖人の御書、「松野殿後家尼御前御返事」(1391頁)をご覧になって頂きたい。
その描写のリアルさに読者は驚き、且つ、自らの幸福を悟ることでしょう。^^

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by sokanomori | 2009-10-11 00:27 | 御書の登場人物 | Trackback | Comments(8)

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Commented by Hermann at 2009-10-11 01:06 x
なるほど、納得です。
正法に出会えた事は素晴らしい事なのですね。(o^v^o)
Commented by しんのすけ at 2009-10-11 01:45 x
法華経に出会え、受持する事は、奇跡に近いのですね。
朝起きて、ミサイルも飛んで来ないし、食べ物も豊富にある。
国内で 偉大な師匠が 見守っていてくださる。
我等は、なんてラッキーなのでしょう。
広布に走る事が、恩返しですね!
Commented by 菊川広幸 at 2009-10-11 06:32 x
ヘルマンさん、おはようございます。
一眼の亀の話は、あまりにも有名ですけが、ある日、松野殿後家尼御前御返事(1391頁)を最初に拝したときの衝撃は大きなものがありました。その亀の惨めな姿は、宿業の深さ、恐ろしさを鋭く表現していて、そのインパクトに思わず、「う~ん」と唸らされました。
今、私たちの眼前には、御本尊まします。
今日もしっかり感謝の唱題をしたいと思います。^^
Commented by 菊川広幸 at 2009-10-11 06:42 x
しんのすけさん、おはようございます。
そうですよね~。食べ物も家財道具も豊富にあり、本もTVもパソコンも、何でもあるこの時代であっても、加えて戦争もなく、理不尽な国家権力の弾圧もないこの時代であっても、自殺も精神病もどれだけ多いことか。幸福の源泉たる正法に巡りあい、実践できることは、本当に稀有のことですよね。そのあり得ない仏法を先生と共に歩める。ありがたいことですよね。^^
Commented by Breakfast-Club at 2009-10-11 09:09
 創価学会には、先生直結の、人生の模範となる方が多くいらっしゃいまして、信心して本当に良かったと思います。
 思えば、なかなか出会えない信心で、なかなか出会えない師匠に出会い、なかなかめぐり合えない同志の皆さまに、こうやって触れ合える。
 こんな自分にも、福運があったのだなと思います。本当に感謝、また感謝です。題目をあげていて、嬉しいです(^^)
Commented by バード at 2009-10-11 10:16 x
おはようございます。
この記事を読ませていただいて、すぐ御書をあけ読んでみました。
かなり読みやすい御書で内容もわかりました^^

世の中本末転倒な時代です。という意味にも感じました。
読むだけでは残酷のように印象を捉えられてしまいましたが
逆に捉えると、この正法が幸せの光なんだという印象も感じました

時代によって形は変わっても、生命の働き(根本)は同じということですよね。

別のことですが、昨日かおとといの新聞に、御書の研鑽だったか「人を恨むのではなく、その人の生命の働き=三障四魔を悪とすべき、見誤ってはいけませんという戒めと捉えることができます」という先生のご指導がかなり印象に残っています。

菊川さんの記事も、先生のご指導も何となく「生命」で感じ取る事ができてきてる気がしています^^
Commented by 菊川広幸 at 2009-10-11 21:17 x
ブレックファーストクラブさん、こんばんわ。
経文を我が身に照らして、考えてみると不思議です。
創価の同志の中にいるというのは、本当に宿縁の深い前世があるんでしょうね。誠にありがたいことばかりです。^^
Commented by 菊川広幸 at 2009-10-11 21:27 x
バードさん、こんばんわ。
早速、御書を開かれ、読まれるというのは偉いですネ!^^
残酷なシーンに息を呑みますよね~。ゴックン!!(笑)
私も、最初に読んだときに、一眼の亀の悲痛な叫びが聞こえてくるようでした。この悲惨な姿こそ、人類の生死病死の大海に沈む凡夫の姿なんだと思いました。苦海に沈む人々を、栴檀の木に乗せるために、私達は祈り、行動している‥ダイナミックな人生ですよね、私たちの創価の人生は。^^
生命で感じる、生命で読む。いいですね、お元気な証拠です。^^
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