カテゴリ:戦争・紛争( 28 )

沖縄平和祈念公園

◇これが沖縄平和祈念公園なんですね。



なんだか、淋しいです。物悲しいです。
たくさん、たくさん、子供たちが、若者たちが死んだこと。
一面が死体で埋め尽くされた日のこと。
青春が、未来が、愛が、笑顔が、消え失せたこと。
数限りなく、数えきれない命が‥
忘れまじ、沖縄の悲劇を。
繰り返さじ、断じて。

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by sokanomori | 2013-08-23 22:51 | 戦争・紛争

続・沖縄戦

◇沖縄戦の時、私は15歳でした。今、84歳です。

c0180341_23153121.jpg8月21日の聖教新聞に、「次につなぐオキナワ」と題された記事に、次のような言葉がつづられていた。
「戦争はまだ終わっていません。私の戦争体験を受け継ぎ、次の世代につなげてください。その時が、私の終戦日です」
支部副婦人部長の話でした。
以下に、その体験談を抜粋します。
(一部文章を改訂しました)
-------------------------
15歳の時のこと。
今の中学1年の夏。沖縄に10万の兵隊が来ることになった。
学校が兵舎になった。私の学校には、1500人の兵士が入った。
やがて、私の家は重砲隊の本部になった。
3月23日の朝、学校の修了式に行こうとしたら、「戦闘開始、第一線突入!」との声。
家の兵隊が一斉に出て行った。<この日、米軍の攻撃が始まった>
それから、防空壕生活が続いた。
キィー、ク、ク、ク、パン!
爆弾が落ちた場所は、土も石も吹き飛び、炸裂した破片が当たると、首や手、足などが飛んだ。雨のように爆弾が降った。
4月1日、米軍が沖縄に上陸した。
攻撃は、どんどん激しくなり、5月に入ると米軍が目の前に。日本兵は、「5月27日は海軍記念日だから絶対に勝つ」と言っていたが、全部うそだった。
5月29日、壕から出て、皆で避難した。毎日が死の恐怖。
行くあてもなく、地理も分からない。
19日、米軍の戦車が壕の前に来た。戦車の番号「375」を今も覚えています。
このとき、防衛隊のおじさんが、「やられるより自分たちで死んだ方がまし」と手榴弾を手にした。母は、おじさんの手首を握り言った。
「この子どもたちを、どうして殺せるかね」
壕には5人の子供がいました。母が止めなければ、今の私はいません。
20日の夜、水くみに行ったとき近くに爆弾が落ちた。眉間に破片が当たり、顔中、血だらけになった。母は私が死ぬと思ったそうです。
21日、みんな追い詰められ、今の沖縄県平和記念資料館のあたりに。
そこは、死体の山だった。真っ黒に焦げて、男女の区別もつかない人、「兵隊さん、一発の弾で殺してください」と手を合わす人。そこに、若い兵隊がふんどし一本になって呼びかけた。「みなさん、このままでは生きていけない。米軍にはたべものがあるから、男はふんどし一本、女は荷物を置いて捕虜になろう」と。
すると日本兵が2人来て、「こんな馬鹿がいるから戦争に負けるんだ」と言って、日本刀で首を斬った。血が噴き出た。
私たちは途方に暮れた。私たちは荷物を捨て、自然壕を転々とした。
私は怪我で歩けない。「どうせ死ぬんでしょ。この壕で一人で死ぬ」という私に、母は、「生きても、死んでも、親子は一緒だよ」と言いました。
壕を出て崖を登ると、一面の死体。再び壕に戻った。
壕にいた日本兵の将校らしい人が、「米軍は住民を殺さない。捕虜になりましょう」というので、豪を出て米軍に保護されました。
今、私は、使命があって、日蓮大聖人の生命哲学に巡り合い、池田先生のもとで192ヵ国地域の同志と一緒に平和を建設しています。
人間の生命を大切にする教育が必要です。人間を犠牲にする教育は必要ありません。
目の前で首を斬られた青年をはじめ、死んでいった人たちの“声なき声”を訴えていきます。私の命がある限り。
-------------------------
悲しい話でした。悔しい話でした。そして、腹立たしい話でした。
戦争を絶対に無くさなければならないと思いました。
過去の沖縄戦の記事は、→ここをクリック!
沖縄の友人の記事は→ここをクリック!

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by sokanomori | 2013-08-22 22:56 | 戦争・紛争 | Trackback | Comments(17)

中国から日本を見る

  ◇一方的に中国が悪いのであろうか?

c0180341_616714.jpg尖閣問題が収まらない。
火器管制レーダーが海上自衛隊の護衛艦に照射され問題になっている。
国内のマスメディアを通じて聞く“中国に対する感情”は悪くなるばかりだ。
日本は大丈夫なのだろうか。
不安な人も多いだろう。
私は先日、防衛白書(左写真)を生まれて初めて読んだ。
日本の国防省の立ち位置、世界の軍事状況、日本の防衛能力などが克明に書かれていた。素人目に、日本の防衛力は小さくないと感じた。その「防衛白書の極東軍事統計」(2012年度版)を以下に示す。
------------------------
<中国> 兵力160万人 艦船1090隻(135.2万トン) 空軍2070機
<極東ロシア> 兵力8万人 艦船240隻(55万トン) 空軍390機
<北朝鮮> 兵力100万人 艦船650隻(10.3万トン) 空軍600機
<韓国> 兵力54.7万人 艦船190隻(19.2万トン) 空軍610機
<在韓米軍> 兵力1.7万人 攻撃機60機
<台湾> 兵力21.5万人 艦船340隻(20.8万トン) 空軍520機
<日本> 兵力14万人 艦船143隻(45.1万トン) 作戦機420機(輸送機を除く)
<在日米軍> 兵力1.7万人 攻撃機140機
<米国第7艦隊> 艦船20隻(32.3万トン) 艦載機50機
------------------------
驚くべき兵士の数である。各国共に大変な国家予算を割いていることがわかる。
中国の軍事力は極端に大きく見えるが、多くは陸軍である。
実際には、日本の自衛隊の力は小さくなく、装備の能力が極めて高いため、日本が局所戦で不利になることはないようだ。
しかも、日本の後ろには米国の力がある。日本の防衛力と強力な米国海軍の総合力で見ると、中国は本気で戦争を仕掛けることはないようだ。
では、何故、この異常な行動を中国は繰り返すのであろうか。
私は客観的な視点を参考事例として掲げたいと思う。それは、「尖閣問題をこじらせたのは日本側にも非があるのではないか」という見方である。
元外務省国際情報局長の孫崎享氏は、戦後日中間で棚上げされていた尖閣諸島の領有権をめぐる意見の相違を、日本が表面化させたと指摘している。
つまり、「尖閣問題」という寝た子を起こしたのは日本だというのである。
その理由として、「石原慎太郎前都知事による尖閣購入表明」や、「日本政府による国有化」など、日本側がこれまでの「日中間のゲームのルールを変えた」と発言しているのだ。
加えて、2010年9月に尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突した際に、時の菅直人政権は中国船長の逮捕、送検という対応を取り、「結果として日中の関係はこじれた」とも。
また、2012年7月に当時の野田佳彦首相や森本敏防衛相が、「いざという事態には尖閣諸島に自衛隊の出動を辞さない」と明言したことも、中国にとっては「武力又は武力による威嚇に訴えないこと」とうたう日中共同声明・日中友好条約を日本が骨抜きにしたと受け止めた可能性があると指摘する。
この視点に立てば、中国の怒りも理解できる。
ともかく、日本と中国は、このように相手の身になって理解し合わなければならない。
まず、双方共に怒りを抑えることだ。
ピストルを向けられても、撃たないと最後まで信じることだ。
厳しい情勢ではあるけれど、それ以外に平和を作る道はない。
中国の火器管制レーダー照射問題は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2013-02-11 06:31 | 戦争・紛争 | Trackback | Comments(14)

集団的自衛権が再燃

◇集団的自衛権の検討が日本で再燃。
c0180341_21371243.jpg

中国の軍艦が、海上自衛隊の護衛艦に火器管制レーダーを照射した。
この問題で、今、日米は「武力の威嚇」に当たるとして中国を強く批判している。
対し、中国国防省は「その事実はない」と否定している。
照射用レーダーの使用は、国によっては戦闘行為に等しいと解釈される危険な行為。
このニュースは「ピストルの銃口を向けた」に等しく、多くの日本人が憎悪感を強めた事件といえよう。
私は若かりし頃、興味本位で韓国の銃砲店でピストルを射撃したことがある。
いくつかの種類を撃ったが、それだけでは恐怖感はまったくない。
パン!パン!パン!と的に向かって撃つ。
38口径のピストルまでは反動もほとんどなく、「こんなものか」と拍子抜けした。
この時、緊張感が薄れ、持っていた銃口を私はふと見てしまった。瞬間、ドキッとして気分が悪くなった。実弾がまだ入っていたからである。
間違って引き金を引いたら‥。今も身の毛がよだつ“後味の悪い嫌な思い出”である。
今回のレーダー照射のニュースを知り、当時のことがフラッシュバックした。
火器管制レーダーの照射は、ピストルを向けて撃鉄を引いた状態と同じとの新聞報道もある。自衛隊関係者の緊張を思うと、この問題は小さなものではない。
さて、この事件で安倍首相は、「集団的自衛権」への検討を再開した。
その内容が、新聞各紙で報道されている。
対話路線の道が公明党によって開かれたばかり。忌々しき事態がもどかしい。
集団的自衛権が良いことか悪いことかは別として、相応のメリットを与えない限り、米国は日本の後ろ盾にならないだろう。
国際的協力関係はビジネスと同じ。ギブ・アンド・テイクである。
単なる友人関係だけで、命を懸けた支援などありえない。
現在、北朝鮮の長距離ミサイル開発問題があり、地理的位置からも日本の防衛力(イージス弾道ミサイル防衛) を米国は必要としている。
イージス弾道ミサイル防衛とは、→ここをクリック!
また、日本の領海内における防御の平等な協力関係も、当然、米国は求める。両国政府は、集団的自衛権の成立に動きたいのだ。
しかし、公明党は集団的自衛権の成立が、積極的な戦争への道を開くことを懸念している。戦争を絶対にしない。それが公明党の立脚点だからである。
戦争を抑止するために軍事力を強固にするのか、戦争をしない国家を維持するために現状を維持するのか‥。
公明党は難しい判断と行動を迫られている。
池田名誉会長の尖閣提案は、→ここをクリック!
公明党の訪中記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2013-02-09 22:01 | 戦争・紛争 | Trackback | Comments(7)

参考資料 <イージス弾道ミサイル防衛>

◇参考資料として2つのYouTubeを添付します。
(映像内CMは、×印を押してご覧ください)





上YouTubeは、昨年の北朝鮮の人工衛星打ち上げ試験。
下YouTubeは、2007年の日本の弾道ミサイル迎撃試験。

日本には、この“イージス弾道ミサイル防衛”の能力がある。北朝鮮が昨年12月に長距離弾道ミサイル開発となる人工衛星打ち上げを成功させたことで、米国はこの日本の能力の活用を考えて“集団的自衛権”を望むのではないか。

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by sokanomori | 2013-02-09 22:00 | 戦争・紛争

日中国交正常化40周年

◇正常化40周年からのアジアの行方。
c0180341_2023575.jpg

c0180341_15362618.jpg1972年9月29日の日中国交正常化から40周年を迎えた。
しかし、中国と日本は、尖閣諸島問題で戦争の一歩手前にまでなった。
日本が、尖閣を国有化した。
そのことで、中国は100都市でデモを起こした。暴徒化した民衆によって、日本企業は破壊、放火され、100億円を超える損害を出した。
加えて、中国は、尖閣に漁船団や艦船を繰り出し、空母を就任させ、さらに国連演説で、「日本は釣魚島(尖閣)を強奪した」と発言した。
上写真は、米紙ワシントンポストとニューヨークタイムズである。
中国は、「釣魚島(尖閣)は中国のもの」と意見広告を出してもいる。
当初、日本人は驚いたが、やがて中国の度重なる蛮行に激怒した。
中国への愛情が吹き飛んだというのが、大半の日本人の感情であろう。
その中で、私たちが注目すべきは、創価学会、並びに公明党の見解である。
昨日の40周年に、聖教新聞は何を語り、公明新聞は何を記載したか。
聖教新聞は、創価大学と中国の各種大学との学生・教員の学術交流が1000人を超えたことを報じ、また、周恩来総理と池田会長との会談を語っていた。周恩来の「今後、我々は世々代々にわたる友好を築かねばなりません」との発言を掲載した。
公明新聞では、竹島や尖閣諸島で悪化している日韓、日中について、「稚拙(ちせつ)な外交・安全保障政策の結果」と民主政権を批判。その上で、「障害を1つ1つ乗り越え、両国間の相互認識と相互信頼を深化させていく」とし、「世界の平和と幸福に貢献する未来志向の関係創造に全力を尽くす」と述べている。
ともかく、私たちは、池田先生に学ぶことが肝要である。
「私はこれから、日中友好を命がけでやります」
当時の池田会長の言動を、私たちは自らのものにする時期に来ている。
これから、私たちは、弟子としての真価を問われることだろう。
尖閣問題の<別館>の過去の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-09-30 06:35 | 戦争・紛争 | Trackback | Comments(7)

韓国大統領の竹島上陸

◇早期の国会解散、国政選挙が望ましい。
c0180341_6101079.jpg

8月10日、韓国大統領が島根県の竹島に上陸した。
日本の防衛白書に「竹島は日本固有の領土」と明記されているが、実際には韓国の実効支配が続いている。
今回の大統領の上陸によって、韓国は領有に決定的な歴史的事実を作った。
今後、日本は竹島を奪還することは難しいだろう。
島1つで、広大な海洋資源が生まれたり、消滅したりする。竹島は、小さな島であるが、領海という視点に立てば大きな島である。
1953年2月4日、竹島で第一大邦丸事件が発生、船長が韓国軍に銃撃を受け死亡している。同4月20日には韓国の守備隊が竹島に駐屯した。
同6月27日、日本の海上保安庁と島根県が竹島調査を行い、「日本島根県隠岐郡五箇村」の領土標識を建て、竹島に住み着いていた韓国の漁民6名を退去させたが、7月12日に、上陸していた韓国の守備隊が日本の海上保安庁巡視船に発砲するという事件が起きた。
以後、韓国は竹島の武装化を進め、日本の艦船の接近を認めていない。
先の7月3日にはロシア大統領の北方領土(国後島)の上陸があり、さらに一昨年来、中国と尖閣諸島の摩擦が続いているが、これは民主党政権の外交力の欠如に原因があるといえるだろう。
そもそも、この問題の根はどこにあるのか。
これは、民主党の「沖縄基地問題の迷走」が発端ではないか。
過去から新聞各紙は、日米同盟の結束の乱れがロシアや中国の影響力拡大につながる可能性を指摘してきたが、特に基地問題で米国との問題が浮上してから、海洋上の領有問題が頻発しているからである。
国民生活は、国家の健全な維持・発展の基盤の上に成り立っている。
政治にはしっかりしてもらわなければならない。
今後、財源も方法も示されない「根拠のないマニフェスト」を信じ、雰囲気で投票するようなことは避けなければならない。
投票する国民にも、大きな責任があることに気付くべきである。
そのことを、私は知人友人にアピールしたいと思っている。

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by sokanomori | 2012-08-12 05:48 | 戦争・紛争 | Trackback | Comments(6)

原子爆弾

◇潮(2011年12月号)の体験談をご紹介します。

c0180341_5592682.jpg以下に、潮の記事を抜粋します。
-------------------------
昭和20年8月6日。
私は16歳でした。
突如、見たこともない強い光で目がくらみ、次の瞬間、爆風に吹き飛ばされました。我に返って、あたりを見渡すと、皆、血を流していました。
私は幸いにも無傷でした。
空を見上げると太陽は消え、不気味な暗闇になり、強烈な熱風と臭気が襲ってきました。
私はこの世の地獄を見ました。
両手が焼き尽くされ骨がむき出しの人。助けてとすがりついてきた女性は全身が焼けただれ、背中に負ぶった赤ちゃんの首はありませんでした。
全ての場所に死臭が漂い、川は死体で堰き止められていました。
焼け崩れた市街は、見渡す限りの焦土でした。
やがて豪雨になりました。墨を溶いたような黒い雨でした。
コールタールのように皮膚にへばりつき、洗っても、拭っても落ちませんでした。
私は、生き残っていた唯一の母と共に、その雨に濡れました。
原因不明の高熱とひどい下痢に襲われました。
やがて、知り合った衛生兵と私は結婚しました。
2年後、私は母と夫と3人で、京都に移り住みました。
母は、「京都の水はおいしいなぁ」、「空気もおいしいなぁ」と言いながら、3か月後に死にました。42歳でした。
私は常に体がだるく、真夏も寒気が止まりませんでした。
やがて、全身の皮膚に黒い斑点が広がり、髪の毛が痛みもなく抜け落ちました。
被爆した偏見による「被爆者差別」に、私はおびえるようになりました。
毎年、8月になると、原爆を振り返るニュースが流れました。
私は、そのテレビを見るたびに泣きました。
「お母ちゃん、何で泣いてるの?」
不思議そうに見つめる娘にも被爆のことは隠し続けました。
ある日、夫が聖教新聞を自宅に持ち帰りました。その記事を読んで驚きました。
幸、不幸の原因が確信を込めて書かれていたからです。
早速、新聞をくださった人のもとに行き、とことん話を聞いて入信しました。
半月もたたないある日、夫が「お前、二膳目、食べているやないか」と目を丸くしました。
それまで寝たきりでしたが、やがて私の体から斑点が消えて元気になりました。
-------------------------
これは、京都、広島を中心に、40か所以上で発表された体験談です。
(上記内容は、長文を短くまとめたものです)
このご婦人は、最後に、「宿命に泣く人生から、自分でなければ果たせない使命の人生に変わりました。そのことが誇りです」と語られていました。
地獄のような苦悩が宿命転換されるプロセスに衝撃を受けました。
過去の原爆の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-08-07 06:02 | 戦争・紛争 | Trackback | Comments(11)

北朝鮮国家元首の死去

◇北朝鮮の人々の良心に期待したい。

c0180341_22334246.jpg北朝鮮の金正日総書記が亡くなった。
私は幾度も、北朝鮮のことを記事にしてきた。
1年前、その北朝鮮が韓国の領土を砲撃したとき、私は怒りに震えた。ニセ札を作り、他国に侵入して拉致する彼ら。原子爆弾を作り恫喝する彼ら。そして、今度は砲撃か!
そのとき、「防衛戦争は容認される」とブログに書いた。
オッチョコチョイな私である。ときどき、お騒がせするが、このときは大騒ぎになった。(苦笑)
それからも、北朝鮮の人々が「ロボット化されたオカシナ人々」という印象は変わらなかった。しかし、1ヶ月前、日本代表と北朝鮮のサッカー報道を見て私の考えが変わった。
ワールドカップ(W杯)ブラジル大会予選における、3次予選第5戦で、日本チームが0-1で敗れたニュースである。
スタジアムは満杯の5万人の観客。日本人サポーターは150人しかいなかった。
TVに、北朝鮮の青年男女が映し出された。試合の勝利に歓喜する市民へのインタビューもあった。在日北朝鮮人の方々の喜びの笑顔や北朝鮮の選手の胴上げなども放映された。
私が驚いたのは、北朝鮮の人々の晴れやかな笑顔であった。
私は、このとき初めて、「同じ人間なんだ」と知った。
彼らにも家族がいるし、友人や親戚もいる。自国の幸せと繁栄を願い生きている。これは、北朝鮮に限らない。世界中、人間という人間は同じであろう。好んで戦争をし、何十万、何百万の同胞を死に追いやることなど絶対に望んではいない。
憎んではならないと思った。むしろ、笑顔の青年たちに期待するべきだと考えた。
今、北朝鮮は、新しい時代に進もうとしている。
賢明なる彼らの良心が、幸せな未来を作ることを心から願っている。
過去の北朝鮮による砲撃の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2011-12-20 23:42 | 戦争・紛争 | Trackback | Comments(9)

さとうきび畑の少年

◇不幸な人ほど、幸福になる権利があります。

c0180341_21544221.jpg私の友人S.I は、沖縄県の出身である。
このSの父親であるIさんは、沖縄戦の戦災孤児であった。
太平洋戦争が終わったとき、I少年は、この世にたった一人の家族もなく、親戚もいなかった。
天涯孤独の少年を哀れに思った農家の人が、彼に畑を分け与えた。少年は、その畑にさとうきびを植えて生活する。

少年は汗を流して働いた。副業も持ち、さとうきび畑を広げていく。
やがて結婚。5人の子宝に恵まれる。その末っ子が友人のSであった。
子供たちは中学に上がると、さとうきび畑の仕事に駆り出された。
夏になると、さとうきびの伐採とトラックへの積み込みという重労働をさせられた。
Sは、この仕事が嫌でたまらない。
「こんな儲からない仕事は、俺は嫌だ。高校を出たら東京で楽しく暮らすんだ」
ある夏休み。兄たちは皆就職し、Sと父だけになった。
青空の下に無数に育ったさとうきびを見て、父はSに語る。
「どうだ。この青い空と実ったさとうきび。最高だろう」
父は満面の笑顔だったが、Sは労働を思うと悲しくなった。
戦災孤児のI少年は、裕福ではなかったが、家も建て、5人の子供を育て上げた。
このSの父は、あらゆることに感謝ができる人だという。
ガスのつまみを回せば火がつく。電灯のスイッチを押せば明かりがつく。
そんな当たり前のことにすら、今でも感謝するのだとういう。
このI少年と世界屈指の大富豪の人生と比べたら、どちらが幸福だろうか。
私は申し上げたい。I少年は世界一不幸だった。けれど、今は、世界一幸福である。
それは、感謝の心をもっているからである。
幸福を感じることのできる清らかな心を持っているからである。
今、さまざまな悩みを持っている人もいることだろう。
けれど、あなたは本当に不幸なのだろうか。
住む家があり、平凡に暮らせる生活があるのに、何故あなたは苦しむのか。
実は、あなたが、幸福を感じることのできない心の持ち主だったとしたら?
カネや地位、あるいは相対的な生き方というヘンな宗教の信者になっているとしたら?
私たちは、今の立場で、今の姿で、世界一の幸福者になれる。
そのたった一つの道を、あなたは知っている。その道は、今、あなたの眼前にある。
私は、今日も、お題目を唱え行動しています。
この世に、心の底から感謝できる自分自身を築き上げるために。
そして、大幸福を感じられる境涯を手に入れるために。
過去の沖縄戦の記事は、→ここをクリック!

             ◇今の世は、戦争中から見たら天国でしょうネ。

      

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by sokanomori | 2011-10-25 21:20 | 戦争・紛争 | Trackback | Comments(11)


創価学会員としての日常生活を語ります。^^


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