カテゴリ:創価三代会長( 22 )

仏とは何か?

◇仏とは行動の人であり、間断なき闘争者である。
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大白蓮華。(2010.7)
ページをめくると、美しい池田会長の顔写真が目に飛び込んできた。
その横に心踊る見出しがあった。「仏とは行動の人 間断なき闘争の人」と。
続いて、「歩く釈尊」とあり、以下の鮮烈な文書が書かれていた。
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「動かざる仏」「戦わざる仏」はいない。
釈尊は、「歩く仏」であり、「行動の仏」であった。
法華経には、「未曾暫廢(みぞうざんぱい)」とある。
「未(いま)だ曾(かつ)て、暫(しばらく)も廢(はい)せず」
仏の行いは瞬時もたゆむことはない、という意味である。
釈尊は何百キロも離れた所まで歩いた。
池田名誉会長は言う。
「釈尊は『行動の人』でした。釈尊の弘教の足跡は、実に日本全土を歩いたに等しい」
仏とは、行動の人なのである。仏とは、間断なき闘争者の異名なのである。
インドの著名な仏教学者は言う。「釈尊は歩きに歩いたのです。そして、私にはその姿が、世界的規模で行動をされている池田先生の姿に重なって見えるのです」と。
---------------------------------------------------------------------
何という力ある言論であろう。
この一文を拝し、私の魂は悦びに震えた。
釈尊の生涯は、まさに日蓮大聖人のご生涯であり、池田先生の人生である。
加えて、我ら創価同胞の人生である。
学会創立80周年。会長就任50周年。さらには、立正安国論による日蓮大聖人の国家諌暁(こっかかんぎょう)より750年。その佳節に、創価は未曾有の大発展を遂げた。
仏教を学び、仏教を修行すといえども、仏とは何かを知らぬ宗教の何と多いことか。
山林に交わり、世間から離れたところにいる者が、どうして仏なのか。
仏は大衆の中にいる。現実の社会の中を、仏は歩き、仏は語る。
我らは得たり。創価のみがその真実を知り、創価のみが行動しゆく。
嗚呼、この世に創価仏あり。我もまた、続かん。

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by sokanomori | 2010-06-25 06:47 | 創価三代会長 | Trackback | Comments(4)

4.2

◇戸田城聖と池田大作の広宣流布の旅

c0180341_23324193.jpg昭和33年4月2日。
創価学会二代会長戸田城聖先生は、幾百万の地涌の菩薩に見守られながら、霊鷲山(りょうじゅせん)に旅立たれた。享年58歳。
残された弟子の中に、全身全霊で広宣流布を決意した一人の青年がいた。30歳の創価後継の丈夫である。その名を池田大作という。
まさに、創価の世界宗教への大潮流は、この4.2から始まったのである。
「首相以上の立派な葬儀にするのだ!」
愛弟子は、報恩感謝の真心で、戸田先生の葬儀を果たした。そして、一人立った。
2年後、三回忌を終えられた池田先生は、創価学会の三代会長となられた。

◇若き日の日記より。(昭和33年4月2日)
「静かな永眠の姿に、はたまた、微笑したるお顔に感無量。滂沱(ぼうだ)。
嗚呼、4月2日は学会にとって、私の生涯にとって、弟子一同にとって、永遠の歴史の日となった。先生の残せる分身の生命は、第二部の王仏冥合実現の決戦の幕をいよいよ開くのだ。われは立つ」

先師、戸田先生は断言された。「仏法は、百発百中の『変毒為薬』の大法である。たとえ失っても、元の十倍、百倍の大功徳となって取りかえせるのだ」
我が師、池田先生もまた、断言された。「襲い来る艱難に呑み込まれてしまうか、それとも、押し返し、打ち勝っていくか。人生も社会も、その真剣勝負といってよい。変えられぬ宿命など断じてない。絶対に諦めなくてもよい、希望の光がここにあるのです」
師弟は不二であった。
戸田先生の死。そして、池田先生の会長就任。4.2から5.3への見事なる昇華。やがて、創価学会は世界宗教へと大発展を遂げる。創価学会発展の歴史は、現代の奇跡である。
過去の戸田先生の記事は、→ここをクリック!


      

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by sokanomori | 2010-04-01 23:37 | 創価三代会長 | Trackback | Comments(10)

中央公論

◇池田大作と茂木健一郎の書簡対話を読んで。
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c0180341_21511927.jpg先日、中央公論4月号を読んだ。
目的は、池田先生と、脳科学者の茂木健一郎氏が往復書簡対談をされ、その内容が公開されたからである。
宗教について議論することをタブー視してきた国内メディアに対し、「疑問を感じる」と発言してきた茂木氏。その茂木氏が、「通俗的な話には興味がない。本質的な議論をしたい」と呼びかけ、池田先生が応じた対談である。
池田先生の有力者との対談は有名であるが、先生が国内の一科学者と対等に対話をされたことに驚いた。何故なら、3月15日現在、国家勲章28、名誉学術称号277、世界の都市からの名誉市民称号660以上、世界五大陸からの顕彰は実に4000を超える池田先生は、今、精神界の最高峰の指導者である。
その池田先生が、何故、わざわざ茂木氏との往復書簡対談に応じたのか。
茂木氏は、書簡の中で次のように語っていた。
「もともと、私が池田さんとお話をしたいという希望の理由の一つは、日本のメディアが『創価学会』、及び『池田大作』さんご本人の扱われように違和感を抱いていたからである。全国に会員が存在する創価学会。その組織と向き合うことが、『タブー』という状況はおかしい。そこには、人工的に作られた『壁』がある。一般メディアで報じられている池田さんとは違う、一人の人間が浮かび上がってくるのではないかと期待していた。その期待は裏切られなかった。おかげで、『壁』の向こうが見えた。本当にありがとうございました。心から、感謝いたします」
掲載は、三往復のやりとりしかない。茂木氏は池田先生より30歳以上も若い。
茂木氏は、理学博士であり、各種の著書多数の人物である。その茂木氏が自ら、池田先生を理解し、その是非を判断しようというアプローチであった。これからの日本の未来に、一石を投じる対談になったことは間違いない。
もう、池田大作という人物を、無視し、悪口を言うことで、評判を落とすという時代は限界に来ているのではないか。世界が賞賛し、世界が敬愛している人物を逆に何故、知らないのか。その扉を、開こうとした茂木氏は立派である。
中央公論は、過去最大の売り上げとなるだろう。売り切れが続発しているようである。^^

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by sokanomori | 2010-03-15 23:01 | 創価三代会長 | Trackback | Comments(23)

戸田大学

◇本日は、戸田先生の生誕110周年記念日です。

c0180341_1923054.jpg教授1人、生徒1人という大学があった。
池田先生が、青年期に、先師から8年間個人授業を受けた大学である。
その名を、「戸田大学」という。
1950年、業績の悪くなった戸田先生の事業を支えるため、大学を断念した池田青年。
この愛弟子に、戸田先生の授業が開始された。
戸田大学の授業は、日曜日や、会社が始まる早朝に行われた。
深遠なる仏法を始めとして、経済、法律、化学、天文学、歴史、国語など、様々なテキストを用いながらの講義であった。厳しい訓等の連続であったという。
戸田は、沢山の宿題を与えた。「この本を読め」「あの本を読め」。そして、「この小説のあらすじを言いなさい」「この主人公の長所と短所を述べよ」と言うのである。
戸田は、礼儀作法やテーブルマナーなど、種々の振る舞いまで池田青年に教授している。
戸田の授業は真剣そのものであり、池田青年もまた真剣に学んだ。
命がけの授業。池田青年は、やがて世界一流の人物へと鍛え上げられていく。
戸田は、逝去する前に池田に言った。
「もう、これで教えることは何もない。いいか、世界の大学者とも対談するんだ。どんな大指導者とも、自由自在に語り合える力は鍛えてあるからな」
戸田先生は、創価の黄金の後継者を作られた。牧口先生と戸田先生の崇高な使命を受け継ぎ、生涯、悪と戦い抜く大指導者を残された。
偉大なる先師、戸田城聖先生。富士よりも気高く、海より大なる慈悲の師匠よ!
今、創価は、偉大なる池田先生と共に、永久なる広布後継の陣列となった。75万世帯は800万世帯となり、東洋から全世界へと拡大した。
嗚呼、美しく壮大なる、我ら創価学会! そして、偉大なる戸田先生!
戸田先生、創価の一分子の私たちを、どうか、ご照覧下さい!
今、我らは池田大学の誇り高き生徒である。大いに学び、大いに鍛えよう!
今日も我らは前進する。そして、我らは、歓喜の行進を続けることだろう。

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by sokanomori | 2010-02-11 06:34 | 創価三代会長 | Trackback | Comments(15)

戸田城聖

◇創価の興隆は、偉大なる先師の悟りから始まった。
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c0180341_7133673.jpg戸田城聖(幼少名:甚一)は、明治33年(1900年)2月11日、石川県で仲買商を営んでいた戸田家の七男として生まれた。
やがて一家は、ニシン漁でにぎわう北海道の厚田村へ移転。この厚田村が、戸田城聖の生涯の故郷となる。
高等小学校を卒業した戸田は、雑貨商で荷車を引きながら苦学する。17才で小学校準訓練資格を取得、夕張の小学校に代用教員として赴任、その後、正訓練資格を取得して東京に出る。その東京で待っていたのは、生涯の師、牧口常三郎先生であった。時に、戸田城聖20歳、牧口常三郎45歳。
戸田は、牧口先生の小学校で代用教員となった。戸田は、子供達に語りかけた。
「頭のいい悪いなんて、紙に1本線を引いた上と下ぐらいの差しかないんだよ」
戸田は、生徒から絶大な信頼を得た。生徒は皆、嬉々として受講した。
その後、戸田城聖は、私塾を開校、事業家へと変貌を遂げていく。
戸田は、牧口先生と共に、日蓮正宗に入信。創価教育学会を創立する。軍国主義日本の時代、やがて創価教育学会は思想弾圧を受ける。
生きて、牢獄から出所した戸田先生は創価学会二代会長となり、若き池田先生と共に学会を再建する。幾多の苦難を乗り越え、75万世帯という折伏を果たされ、昭和32年4月2日に崇高なる58年の生涯を閉じられた。
創価の大偉業は、戸田先生の「牢獄での法華経の悟り」から生まれた。法華経の白文を模索し、「仏とは内奥の最も崇高な生命」であると覚知され、加えて、法華経涌出品の会座に自らが存在していたことを悟られたのである。このとき、一切の仏法の究極が解き明かされ、700年を経て、日蓮大聖人の仏法が鮮烈に蘇った。この仏と地涌の菩薩の悟りとが、戸田先生と創価学会のその後を決定的なものにした。
「よし!僕の人生は決まった。この尊い法華経を流布して、生涯を終わるのだ」
戸田先生は独房の中で1人叫び、日蓮大聖人の大仏法興隆の闘争を開始されたのである。
私達は、この事実を誇りにしている。偉大なる先師、牧口先生と戸田先生、さらに大勝利者になられた池田先生と共に生きられる幸せを、私達は日々噛み締めているのである。
戸田城聖先生の獄中の数珠の写真は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2010-01-17 07:36 | 創価三代会長 | Trackback | Comments(4)

続・正本堂

◇正本堂は永遠に我らの胸中にある。
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c0180341_2375613.jpgこの巨大な建造物の中に日蓮大聖人の御本尊が存在したのだ。左写真は建造中の柱の映像。人の大きさと比べて、どれ程の建造物だったかご想像いただけると思う。
1日数回のご開帳が行われていた。都度、正本堂の正面に6000人の参拝者が整列し、開場を待った。入場者数は、1日に数万人に及んだものと思われる。入場前、大聖人にどのような祈りを捧げようかと誰しも緊張したものだ。
正本堂の中に入ると、天井は遥か上空にあり、清々しい空気に空間は満たされ、息苦しさ、圧迫感はまったく感じられなかった。木製の椅子に座り、決意しつつ、御開扉を待った。その間も、参拝者は中央の巨大な天幕を見ていた。

天幕の向こうに美しい金色の須弥壇があり、その中央に大聖人出世の本懐たる、大御本尊がご安置されていた。天幕が上がり左右の扉が開かれた瞬間、日蓮大聖人の板曼陀羅の御本尊が目に飛び込む。勤行が始まる。そして6000人の壮大な唱題が始まるのだ。
時間はあっという間に過ぎ去る。もっともっと祈りたい。もっとここにいたい‥。やがて、参拝が終了し、外に出る。噴水を見て、正本堂を背にして、後髪を引かれるような思いをしつつ離れる。何度も振り返る‥。これが私達たちの正本堂である。
当時、丑寅勤行は大講堂で行われていた。丑寅の後、大客殿で心ゆくまで唱題もできた。いつか、私の凄まじい体験を書きたい。
大客殿で朝まで祈った日の想い出を。
今は亡き正本堂。されど、破壊されたにはあらず。
永遠に我が生命の中にある。
我らは創価の仏である。
創価の御本尊こそ、我ら永遠の大御本尊だ。

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追伸:映像は、「池田大作と正本堂」という写真集からの抜粋です。写真集は絶版です。
by sokanomori | 2009-09-22 00:01 | 創価三代会長 | Trackback | Comments(11)

正本堂

◇創価赤誠の結晶、広宣流布の殿堂。
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c0180341_21152586.jpg1972年(昭和47年)10月、幾百万の創価の赤誠の証として、富士大石寺に大御本尊様を永遠にご安置した正本堂が落慶した。
正本堂建立・寄進の構想は、戸田先生の時代からあったが、昭和39年5月3日に、池田先生から発表されたものである。
この発表以降、創価学会、宗門、法華講を合わせて約800万人の御供養が行われ、355億円に達した資金で、世界に誇る永遠の正本堂が完成したのである。
c0180341_21395078.jpgこの建物は、20世紀の建築史に特筆される偉大な建造物であり、1度に6000人が大御本尊様を参拝できる規模があった。そして正本堂は、1000年の風雪にも耐えうる堅固な建物であった。
このとき、正宗最後の法主、日達上人は、宗の内外に「後代の誠証(じょうしょう)」として宣言されたのである。
池田先生を大講頭とした正宗は、空前絶後の大宗教としてまばゆいばかりの光彩を放っていた。当時、小学生であった私も、この繁栄には心から歓喜したものである。
写真は「池田大作と正本堂」という当時の写真集からの抜粋である。池田先生の美しい姿と、正本堂建設に関わった人たちの真剣な姿に、ほとほと感動させられたものである。このとき、僧俗は見事に和合していた。創価学会は歓喜の中で沸騰していた。
この創価の中心拠点たる殿堂は、後に日顕一派に略奪され破壊された。この当時の恐るべき破壊行動については、後日、改めて記事にしたい。
邪宗門は、正本堂を破壊できたと思っているであろう。されど、私たちの胸中には、永遠の正本堂が残っているのである。我らの福運と歴史的快挙は、永遠に壊すことなどできないのである。正本堂に、私は3度参拝している。登山は7回に及んでいる。私達の胸中に、そして、創価学会の中にこそ、大聖人の正当な血脈は流れているのである。
世界の正本堂を建立された池田先生と幾百万の創価の先駆者の方々に、深く感謝申し上げます。池田先生、万歳!!我が胸中の正本堂、万歳!!
次の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2009-09-20 22:03 | 創価三代会長 | Trackback | Comments(26)

7.3

◇国家権力と創価学会の闘争
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神国日本の軍事政権下のときのこと。
思想犯として捕えられ、2年にも渡る服役の後、戦争中の焼け野原に出獄した男がいた。
すでに、共に入獄した1人は獄死しており、男は極度の栄養失調で痩せ衰えていた。
この男こそ、創価学会二代会長、戸田城聖であった。1945(昭和20)年7月3日の夕刻、豊多摩刑務所(後の中野刑務所)から戸田は生きて出所した。
戸田城聖は創価学会を再建し、不幸の追放運動を阿修羅の如く開始した。
その12年後。創価学会の基盤が整ったとき、驚愕の事件が再び発生した。
愛弟子の池田大作(当時青年室長)が逮捕されたのである。罪状は選挙違反容疑であった。創価学会員は、逮捕に憤激した。全国の同志が拳を握りしめ、体を震わせて注目した。
池田は、大阪東警察署で逮捕された。徹底して戦う決意であったが、検察側の「罪を認めなければ、次は戸田会長を逮捕する」という脅迫に、断腸の思いで罪を認め、法廷闘争に移行した。1957(昭和32)年7月3日に逮捕された若き青年室長は、2週間後の7月17日に、罪人として大阪拘置所を出所したのである。
日蓮大聖人は、国家権力の弾圧で2度の法難(流罪)に遭っている。創価学会もまた、師弟という立場ではあるが2度の法難を経験した。日蓮大聖人のご生涯の軌跡と、創価学会の弾圧と闘争の軌跡とが、同一の歩みを遂げていることは本当に不思議なことだ。
まさに、末法の法華経の行者に三障四魔は競い起こるのであり、その困難を克服したものが仏であるという方程式に創価学会は見事に適合している。
1962(昭和37)年1月25日、不当逮捕から4年半の歳月を経て、池田先生は無罪を勝ち取られた。創価学会は今、ありとあらゆる地域、分野で大勝利している。池田先生は、邂逅して次の句を残されている。「出獄と入獄の日に師弟あり」と。
さあ、今日は7.3だ。共々に、創価三代の師匠に感謝しつつ、祈り、行動しよう!
次の7.3の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2009-07-03 06:39 | 創価三代会長 | Trackback | Comments(6)

牧口常三郎

◇生誕138周年の牧口先生
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c0180341_22465135.jpg本日、6月6日は、牧口先生の生誕記念日。
聖教新聞や創価学会系ブログなどで一斉に報じられていた。牧口先生なくば、戸田先生はなく、創価学会もない。牧口先生は創価学会の生みの親である。
本日は、牧口先生のお話をします。
牧口先生は、新潟県の荒浜にご生誕なされた。明治4年6月6日のことであった。
幼少名を長七(ちょうひち)という。
長七の父は、幼い我が子を残し、北海道に出稼ぎに行って消息を断っている。やがて、母イネは再婚。長七は、子宝に恵まれなかった牧口家に養子として迎え入れられた。長七は、利発で思慮深い少年だったという。小学校に上がると、「秀才の牧口」「優等生の牧口」と呼ばれ、その名は村内に轟いた。
常三郎は、周囲の資質を惜しむ声に押されて、14歳にして北海道に渡り、警察署給仕(雑用や事務仕事)の職をしながら勉学に励んだ。17歳にして北海道尋常師範学校へ第一種生として入学。この第一種生というのは、全寮制で、支給金が出るもので、苦学生であった常三郎は、得がたき学びの場を得たことになる。こうして、牧口常三郎先生は教師の道を歩み、人生地理学・価値論の出版、創価教育学会の創立へと前進されたのである。
牧口先生は、57歳にして日蓮大聖人の仏法と巡り合われた。「言語に絶する歓喜を以って、ほとんど60年の生活法を一新する」という境地に立たれた牧口先生は、やがて、創価学会の源流たる組織を戸田先生と共に設立された。上写真の墨痕鮮やかな「創立の志」は、創価教育学会設立の日に、牧口先生が書かれたものである。
牧口常三郎先生は、何を目指されていたのか。
それは全人類の幸福である。その志は、「地理教授の方法内容の研究」という書の一文からも伺い知れる。要約すると、「吾人は一郷民たるが上に一国民たり。しかして尚、十五億万の一世界民たるを自覚するをうべし」とのこと。
牧口先生の地球市民思想。
その思想は今、192ヶ国・地域への創価学会の発展へと結実している。
牧口先生の獄中闘争は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2009-06-06 23:47 | 創価三代会長 | Trackback | Comments(4)

池田大作

◇日蓮大聖人の世界一の弟子
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池田大作。
この写真は、大白蓮華5月号に掲載されたもの。34歳の時の美しい先生の雄姿だ。
老いも若きも、女性も、子供からも愛された創価第三代会長。
皆、池田大作を尊敬し、求めた。池田先生の人生こそ、憧れであり、目標だ。
戸田先生をして、世界最高の弟子と言わしめ、世界が称賛して止まぬ池田先生。
日蓮大聖人が一切衆生に愛されたが如く、700年の時空を超えて出現した創価の仏である。
ナイチンゲールのように忍耐強く、ナポレオンのように大胆に行動する先生。
世界は池田大作を知り驚愕した。哲学の深さ、行動力の俊敏さに舌を巻いた。
歴史家も詩人も、宗教学者も経済人も、あるいは科学者、あるいは国家元首すら、池田大作と会って話したとき、その気高く美しい人格と能力とに驚嘆したものだ。
戦いにつぐ戦い。休息なき闘争。悪辣で陰険な悪口と批判をものともせず、青年、池田大作は未曽有の広布の山を登った。
かの小樽問答(昭和30年(1955年)3月11日)では、若き27歳の池田青年が、日蓮宗身延派の邪義を破折し、高僧という無用の長物の化けの皮を剥いだ。会場を埋め尽くす身延の信徒たちは、壇上で繰り広げられる大人と子供ほどの公開対決に唖然とした。
民衆は馬鹿ではない。百聞は一見にしかずの例えあり。勝負が決した時、小樽の街に創価の太陽は昇り、会場の大多数が創価学会に入会した。
以来、公開対決は消滅した。もはや、創価学会に言論戦をまともに挑む宗派などいない。
小樽問答の別の記事は、→ここをクリック!
池田大作は凄いぞ。本当に強いぞ。
池田先生は81歳というご高齢にして、今も第一線で指揮をとられている。
凄過ぎる師匠である。

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by sokanomori | 2009-06-05 00:15 | 創価三代会長 | Trackback | Comments(6)


創価学会員としての日常生活を語ります。^^


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