カテゴリ:東日本大震災( 16 )

夏休みシリーズの終わりに

◇沢山のことを吸収できた素晴らしい旅でした。
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c0180341_21535285.jpg今年の夏休みは長かったです。
ほぼ、2週間?の休み。(笑)
実際には5日間で、旅行は2泊3日でした。
けれど、夏休みの記事を続けていたら、
2週間近く休養したような気分です。
何となく思いついた小旅行でしたが、行って本当に良かった。(^^)
今回の旅行で被災地の今を見たこと、さらに東北の偉大な人たちや歴史を学べたことは、とても大きな収穫でした。沢山の思い出を作ることができました。
観光旅行も人生の価値ある体験となりうることを知りました。
昨年の3.11大震災は苦難の中の苦難でした。
恐るべき運命の打撃に翻弄されながらも、必死に復興に生きる人たちがいます。
沿岸部では、防波堤の工事が進んでいました。
松島では、津波が来たときの避難誘導の看板が設置されていました。
このように、巨大地震対策はほんの少しですが施されています。
けれど、まだ千里の道の一里でしかありません。
正確にいえば、復興はとても遠いものと言わざるをえません。
その中で、私の一番大きな感動は、石巻の大地の緑でした。
地表を覆う草たちが、被災地の傷を癒してくれているように感じたのです。
昨年の「悲惨だけ」の風景とは違った世界だったのです。
機会があれば、皆さまにも、被災地を見ていただきたいと思います。
以下に今回の旅行記事をご案内申し上げます。

◆仙台城見学 ◆新渡戸稲造記念館 ◆宮沢賢治記念館
◆被災地「石巻」の今 ◆日本三景「松島」

(アンダーラインをクリックすると記事にジャンプします)
以上で、夏休みシリーズを終了します。

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by sokanomori | 2012-08-26 22:04 | 東日本大震災 | Trackback | Comments(16)

続・東日本大震災から2年目の夏

◇石巻被災地の「T商店」で聞いた話。
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「がんばろう!石巻」の看板の向い側にテントがありました。
見ると、「とまりの駅」、「T商店」の看板がありました。
白い立て看板に、「お声を掛けて頂ければ、この地区の前行政委員のTが、震災時の状況についてご説明させて頂きます」と書かれていました。
そこに店主が1人いて、昆布や海苔、クジラの缶詰を売っていました。
以下の内容は、私と店主との対話です。
------------------------------
◇「地震があったときには、どちらにいらっしゃったのですか?」(私)
◆「この店にいました。当時の店の写真はこれです」(店主)
◇「随分立派なお店だったんですね。どうして助かったのですか?」
◆「津波が来るまで1時間あったんです。それで裏山に登ったんです」
◇「石巻では何人亡くなられたんですか?」
◆「(地図を広げながら)3000人です。この近辺だけで500人亡くなりました」
◇「石巻って、広いんですね」
◆「震災の時、チリ地震の津波もここまで来なかったから大丈夫と言って逃げない人が多くいました。やがて津波が来ました。津波で死んだ人もいますが、火災で死んだ人も沢山います。これが、その時の写真です」
◇「あの高台からご覧になられていたのですか?」
◆「はい。助けようにもどうすることもできませんでした」
------------------------------
当時の火災の写真や、津波が来た時の時計などが展示されていました。
私は海苔(30枚入り)とクジラの缶詰を1つずつ買いました。
店主は、「また来年、石巻を見に来てください」と笑顔で語ってくださいました。
今、石巻被災地は、一部の大型施設を除き、何の復興もできていません。
このお店には、電気もガスもありません。
けれど、「人の地に倒れて還つて地より起つが如し」(1586頁)です。必ず、強固な防波堤が作られ、石巻が復興する日が来ることでしょう。
「がんばろう!石巻」の看板は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-08-24 23:36 | 東日本大震災 | Trackback | Comments(4)

東日本大震災から2年目の夏

◇石巻の被災地を見学しました。
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昨年4月15日、私は石巻市や松原町などの被災地を見ました。
そのときの記事は、→ここをクリック!
当時は、震災から1ヵ月後ということもあり、恐ろしい風景が横たわっていました。
破壊されつくした街を見て言葉も出ませんでした。無残でした。
(松島町は軽微な被害で済んでいました)
あれから一年、TVなどでときおり報道される石巻の現実を見に行きました。
私は、松島方面から石巻に北上しましたが、渋滞が激しく、クルマはノロノロ運転でした。
「きっと石巻を見に行くクルマなんだろうな」と話し合っていました。
しかし、現実には、日本三景(にほんさんけい)松島町への観光目的のクルマでした。
石巻に行くクルマはほとんどありませんでした。
1年前に灰色の死の街だった石巻。
今は、ガレキのほとんとが撤去され、広大な平地が緑のジュータンに変わっていました。
そこに、有名な「がんばろう!石巻」の看板がありました。
看板前の献花に聖教新聞が巻かれていました。
私はその新聞を見たとき、涙が止まらなくなりました。
私の奥さんも泣いていました。
次の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-08-24 06:01 | 東日本大震災 | Trackback | Comments(4)

東日本大震災1周年

◇私にとって10年に相当する1年でした。

c0180341_6402262.jpg再び3月11日がやってきた。
あの大地震から半年間のことは、おそらく一生忘れることはないだろう。
私は商談からの帰りの途中だった。突如電車が減速して停車した。
大きな地震だとは思ったが、それが大災害をもたらす事態になろうとは想像していなかった。
全貌が明らかになるにつれて、私の心から希望が失われていった。
おびただしい数の人命が失われ、広域にわたる生活基盤が失われていく現実はあまりにも辛い出来事だった。
あれから1年。今、マスコミは3.11のニュースを一斉に報じている。
写真は、Newsweek3.14号。
巨大地震で生活が激変した人たちのことが書かれていた。
被災地でなくても、この地震で人生が変化した人は多いだろう。
私もその1人である。
私はプライベートでは被災していなが、会社は大打撃を受けた。その後、私は東北の被災地をこの目で見たし、さらに茨城県北部、福島県に出張して仕事をした。
損傷を受けた多くの建物、迫る放射能の恐怖を私は体験した。
私は生き残りをかけて、4ヶ月間必死で仕事をした。
福島県出張の過去の記事は、→ここをクリック!
今、私の3.11とは、ある意味「人生観が変わった」出来事になっている。
大きな変化とは、この震災から今日に至るまでの1年間の苦労が私を強くしたし、平凡な日常生活の幸福を鮮烈に知ったことである。
私の生活は震災前と何も変わらないが、今の生活に、私は大変満足している。
それは、平穏に生きられることに対する感謝と歓喜が増幅したからである。
日蓮大聖人は大悪大善御書で、次のように仰せである。
「 大事には小瑞なし・大悪をこれば大善きたる・すでに大謗法国にあり・大正法必ずひろまるべし・各各なにをかなげかせ給うべき・迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし・舎利弗にあらねども・立つてをどりぬべし」(1300頁)
大きな悪は、大きな善として開くことができる。それが大聖人の仏法である。
苦難を嘆き悲しむのではない。苦難から逃げるのでもない。苦難を使命に変えるとき、迦葉尊者や舎利弗の如く、大歓喜の反転攻勢が可能となる。
私は、過去から、苦難や大きな悩みのたびに大きく成長してきた。
この1年間も同様に、私は成長しつつ乗り越えることができた。
「私の幸福の源泉となっている創価の宗教を多くの人に伝えたい」
今、その思いが、震災前と比較にならないほど大きくなっている。
1周年を厳粛に受け止め、さらに真剣に、さらに強い決意で私は前進いたします。
次の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-03-11 07:54 | 東日本大震災 | Trackback | Comments(6)

関東大地震の兆候

◇防災科学技術研究所の予測。
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首都圏の直下型地震の予測がニュースになった。
防災科学技術研究所の観察では、東京湾、相模湾南方のフィリピン海プレートの沈み込みが東日本大震災以降加速し、大震災から3ヶ月間は通常の6倍のスピードに加速したという。
現在、速度は低下傾向にあるものの過去より速い状態だという。
マグネチュード8級の関東大震災クラスの地震は、次の発生が約100年後とされていたが、今回の観察結果から、早期の巨大地震発生が懸念されている。
具体的には、東京湾北部でM7.3、神奈川県南部でM7.9の数値が示されていた。
私の職場は東京だし、自宅は茨城県南部にある。
これだけの規模の大地震が関東を襲ったら、職場は被災するし、かつ、通勤経路も寸断されるだろう。自宅も損傷するかも知れない。
そうなったら、生活基盤はお手上げだ。
まして、東京は日本の中心都市。考えるだけで恐ろしいニュースである。
東北復興はまだ遠い。もう、これ以上、人々が苦しむことになって欲しくない。
今、茨城県ではM4~5級の地震が頻発しているが、この程度の地震が繰り返されることは、むしろ好ましいことなのだろう。首都圏の地震も同様に、大きな被害が出ないように、複数回に分けてプレートが動いてくれるように祈りたいと思う。
昨年の東日本大震災の記事は、→ここをクリック!

<関東大震災>
1923年(大正12年)9月1日11時58分、神奈川県相模湾北西沖80km(北緯35.1度、東経139.5度)を震源としたマグニチュード7.9の地震災害。
神奈川県を中心に千葉県・茨城県から静岡県東部までの内陸と沿岸に甚大な被害をもたらし、日本災害史上最大級の被害を与えた。
この地震で190万人が被災し、死者・行方不明者は10万人以上に及んだ。

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by sokanomori | 2012-03-08 22:21 | 東日本大震災 | Trackback | Comments(4)

東北福光

                 ◇私たち創価学会員はくじけません。
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今、聖教新聞に、「東北福光新聞」が掲載されている。
福光(ふっこう)とは、池田先生の新・人間革命「福光の章」が由来で、福運と輝きに満ちた東北の復興を願った言葉である。
3.11大震災で、強震度、大津波、原発事故など、想像を絶する大災害に見舞われた東北であるが、それでも現地の人々は、震災以来8カ月を力強く生き延びてきたし、その災害の傷も、1つ1つ修復されつつある。
一昨日の聖教新聞の東北福光新聞欄に、笑顔の学会員の姿があった。
この女性(写真右)は、岩手県釜石市の地区婦人部長である。
彼女は、大震災で被災し、住む家を失い、今、車椅子のご主人と2人で仮設住宅に生活している。2人は、4か所の避難所を転々としたという。
その記事を、以下にご紹介する。(抜粋)
------------------------------
寒さで体が凍える中、やっとの思いで避難所にたどり着くと、「ここは、もう、満員です」と拒まれた。叫びたくなるような衝動をぐっと飲み込み、次の避難所へ‥。
やっと、たどり着いた避難所は、被災者でごった返していた。
冷たい床に主人を寝かせ、手をさすりながら夜を明かした。
その生活から、主人は体調を崩す。薬もない、栄養も十分とれない。
「あのとき、2人一緒に津波にさらわれたほうが楽だったかな‥」
情けなくなって、涙がにじんだ。
そんなとき、学会同志が励ましに駆けつけてくれた。
「生きていたんだね!良かった!もう、大丈夫よ!」
支部婦人部長だった。抱き合って、声を出して泣いた。
彼女は復活する。
彼女は、避難所を回り、お年寄りの介護、周囲の清掃などを積極的に行うようになった。
震災後に友人になった人たちが、不思議そうに聞くのだという。
「どうして、いつも、元気な笑顔でいられるの?」
------------------------------
被災地で、無数の創価の同志が生き生きと輝いている。
新聞の記事を読み、胸が熱くなった。
新・人間革命「福光」の過去の記事は、→ここをクリック!

※毎日新聞に、セシウム除去対策の研究が掲載されていました。
 必ず、セシウム問題も解決されることでしょう。
 その毎日新聞の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2011-11-14 06:12 | 東日本大震災 | Trackback | Comments(14)

続・東日本大震災 創価学会はどう動いたか

◇眼前の一人のために何をしたのか。
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3.11の巨大地震で、甚大な被害を受けた宮城県。
とくに大きな被害を受けたのが、沿岸部の石巻市と気仙沼市であった。
石巻市では、死者3134人、行方不明者1012人。
気仙沼市では、死者988人、行方不明者413人。
(いずれも2011年7月15日現在)
創価学会にあっても、石巻市と気仙沼市では、生と死のぎりぎりの攻防がくり広げられた。以下の内容は、潮9月号の「宮城編(下)」からの抜粋である。

◆S支部婦人部長(釜石市)の行動--------------------
津波はアパートの1階を埋め、たちまち2階までに達した。見ると、数人の住民が同じように逃げ遅れ、その中に1人の男性が生後5ヶ月の赤ん坊を抱いていていた。
凍るような海水が迫り、目の前で渦を巻いた。男性は赤ん坊が水に浸からないように抱え上げていたため、どこにも掴まることができない。
とっさにSは、男性の襟元を掴まえた。
海水が逆巻く中、「腕がちぎれても離すものか」と、彼女は猛然と題目を唱え始めた。その力強い声に、学会員ではない住民たちも一緒にお題目を唱えだした。
2時間後、水が引いた。全員が救助されたのは、翌日の朝だった。

◆Y圏婦人部長(石巻市)の行動--------------------
震災3日目で、石巻の内陸の広渕まで聖教新聞が届いていた。
東北文化会館に支援物資が届いているという記事を読んだ。
「なんとか、その物資を石巻にも送ってもらわないと、もう、皆の食べるものもない」と必死で考えて、聖教新聞を輸送するトラックに手紙を託すことを思いついた。
広瀬で新聞置き場になっている家を探し、夜中の2時半ごろ兆着するトラックを待った。
自分のことは頭になかった。被災者への対応で頭が一杯だった。
眼前の人たちに、何を食べさせたらいいのか、トイレをどうするのか、寒さをどうしのぐのか?
Yは、婦人部の先頭に立って、被災者を助け続けた。

◆K圏長(気仙沼市)の証言--------------------
隣接する登米圏、池田圏から救援を得た。
両圏とも、地震で被害を受けていたにもかかわらず、津波被害の大きな地域を全力で応援してくれた。石巻と気仙沼には、それぞれ、他の地域の学会組織から“物心両面”の多大なる応援が続いた。
「登米圏のNさんは、実家で作っていたイチゴを、震災直後に大量に配られた」
「これまでの人生で、あれほどおいしいイチゴを食べたことはありません」

◆岩手県宮古市長の言葉--------------------
「創価学会が、いきなりボランティアを始めた」と言う人がいるかどうかは知りませんが、もし、そういう意見があるなら事実と正反対です。
確かに、これだけの大災害での奉仕活動は、際立って見えるでしょう。
しかし、創価学会の皆さんにとっては、「困っている人がいれば助けてあげる」という行動は、平常時にいつもやっていることです。
“普段の延長”なのです。

◆気仙沼市長の言葉--------------------
4月17日に、学会の宮城音楽隊が市内の2つの避難所で演奏会を開いてくださったことが忘れられません。その後、自衛隊の音楽隊やプロ歌手の方も来てくださいましたが、宮城音楽隊がいちばん早く来られた。
学会の支援活動の迅速さを象徴していると思います。
聞くところによると、ご自身が被災し、悲しみの中にありながらも、被災者を励まそうとされていたことに、信仰を持った方の強さを感じました。

◆大船渡市長の言葉--------------------
東日本大震災を契機に、日本人の気持ちは変わりつつあると感じます。
「無縁社会」とまで言われた人間関係が、連帯し、支え合う社会へと変化し始めたのでしょう。
この流れを加速させ、温かいコミュニティをつくるには、哲学、思想という人間の“原点”に戻る必要があると思います。
欧米には宗教というバックボーンがありますが、日本にはモラルのバックボーンになりうる思想・宗教がないのが現状です。創価学会は、日本社会を変える力を秘めていると感じます。

東北創価学会の方々、また、外部の市長から、崇高な生き方を学ばさせて頂きました。感謝と誇りとが湧いてきて、身の震える思いで読みました。
私も、同様な立場に立たされたら、必ず、皆さまと同じように行動いたします。
東日本大震災の過去の記事は、→ここをクリック!
東北音楽隊の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2011-08-19 21:10 | 東日本大震災 | Trackback | Comments(6)

東日本大震災 創価学会はどう動いたか

◇月刊誌「潮」のドキュメントシリーズに描かれていたこと。

c0180341_1815959.jpg今、月刊誌「潮」で、「3.11の大震災で、創価学会がどのように動いたのか」が、連載企画となっている。
8月号と9月号を読み、改めて創価学会の偉大な行動力に感心させられた。
以下に、掲載されていた内容を紹介する。
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宮城県内各地の創価学会の会館は、発生当日から地域住民の避難所として使われた。
最大規模は東北文化会館で、被災当夜に700人、翌日は800人、ピーク時には1000人を超える被災者が集まった。
宮城県全域の15会館では、合計3300人の避難者が被災直後の日々を過ごした。
この避難者は、およそ半分近くは非学会員である。古川文化会館、若林平和の場合、被災者の大部分は非学会員で占められていた。
各会館で毎年のように行われていた「近隣友好の集い」。
これは、会館近隣の非学会員を多数招待して行われる感謝の集いであるが、「地震などの災害があった場合、この会館をみなさんの避難所としてぜひお使いください」と述べることが恒例となっていた。
そのことが、多くの人たちが集まった1つの要因になった。
食事の用意は大変だった。
各地から届けられた卓上のガスコンロ30台がフル稼働。
おにぎりを交代で、常時10人で作り続けた。
カップラーメンを出すのに、1000人分のお湯を沸かした。
東北文化会館は断水していた。このため、会館に備蓄してあった災害用簡易トイレを設営し、使い方を説明しながら24時間体制でサポートした。
青年部を中心とした学会員が力を合わせ、完璧に運営した。
東北文化会館は4月28日まで、1ヶ月半に渡って避難所として機能した。
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(以上、8月号から抜粋)
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盛岡市の北部にある岩手文化会館。
巨大地震発生後に停電。
青年部たちが携帯電話でワンセグ放送を受信。館内のラジオからも情報を収集した。
地震発生から3時間後には日没を迎えた。
文化会館では、学会員である、なしを問わず、避難者を受け入れた。会館に備蓄してあった乾パンや飲料水を配布。停電で暖房が使えない中、避難者は増えていった。
発電機を仕入れ、食料を調達して、まんじりともせず岩手文化会館で一夜を明かした。
情報が途絶した中、避難者の受け入れと、安否確認が続いた。
道路が寸断され、ガソリンが欠乏する中、秋田や青森、さらに北海道からも救援物資が届けられた。
学会員は、物資を持って各地の学会員宅を回った。学会員は、その物資を近隣の住民に分け隔てなく配った。
「救援物資? こんなに早く?」
それが、創価学会だと知って人々は驚いた。
多くの被災地で、一般紙も地元紙も届かなかった時期に、聖教新聞も届けられた。
聖教新聞には連日、被災地に“生きる勇気”を贈る言葉が綴られていた。
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(以上、9月号から抜粋)
これは、潮に語られている内容のほんの一部である。
創価学会は、本部からの指示待ちで動くような組織ではない。個々、仏性の炎を燃やしながら、自主的に行動しているのだ。さらに、問題の少ない地域から被害の甚大な地域へと、創価学会は迅速に救援活動に動く。
この感動のドラマは、涙なくして読めません。
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by sokanomori | 2011-08-18 20:06 | 東日本大震災 | Trackback | Comments(4)

被災地の今

◇宮城、福島の被災地を見て思ったこと。
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被災地を見た。
常磐道を北上し、東北道で仙台へと移動した。
仕事上の職務であるが、私自身が被災地に行くことになるとは、夢にも思っていなかった。
茨城県南部から高速道路を北上し、北茨城、福島、宮城へと移動した。北の山々は白雪を残し、サービスエリアには半旗が掲げられていた。宮城には、まだ桜は咲いていなかった。
私の所属する会社の営業所は3ヶ所被災した。
余震に耐えられないほどの損害で、建物を移転する営業所もある。
私は、現実の被災地を見て、鮮明に大地震の悲惨を知った。
地震による倒壊、火災の跡の痛々しさ。何より、大津波による被害は途方もなく大きく深かった。荒涼とした無言の被災地が、果てしなく続いていた。
自衛隊、警察、消防隊、その他の人々が、黙々と作業を続けていた。
津波の被害地域と被害を受けなった地域との差が異様だった。
被災地の中に立ち、静かに破壊された街を眺める家族の姿を見た。親子5人が、残骸の荒野に立っていた。故郷を失った家族。その悲しみの姿が、私の瞼に焼き付いた。
生と死、光と影‥。そのコントラストが、堂々巡りのように、今もフラッシュバックしている。
私は、これからもしばらく、東北で仕事をします。東北の復興を心から望みつつ、私に課せられた職務をしっかりと果たしたいと考えています。
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by sokanomori | 2011-04-16 23:34 | 東日本大震災 | Trackback | Comments(6)

支援物資

◇我が家に届けられた支援物資。
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東日本大震災。
我が家は大きな被災はしませんでした。けれど、地震から10日ほどの間に、友人や親戚からいろいろなものが送られてきました。ミネラルウォーター、お菓子、カップ麺、ジャガイモ、ホッカイロ。これらに加え、米20kgも‥。(^^)
北海道、埼玉、富山、愛知、大阪など、各方面からの支援物資でした。
1つ1つの行為に、深く感謝しつつ、いくつかの物資は、本当の被災者に届けました。
そのときの記事は、→ここをクリック!
ご支援をくださった皆様には、改めて御礼を申し上げたいと思います。
ありがとうございました。^^
さて、この震災で、いろいろな苦労が周囲にあったのですが、飼い猫のラッキーも辛い思いをしたようです。地震発生時、ラッキーは2階にいました。
震度5を超えた揺れで、2階の書棚の本が全部飛び出したのですが、どうやらラッキーは、そのことでヒドイ目に遭ったようです。
最初のころは押入れの奥に隠れて出てこなかったし、食事もしなかったのです。
「食いしん坊のラッキーが食事をしない!?」ということで心配しましたが、たび重なる余震に、やがてラッキーも馴れたようです。数日後には食事をするようになり、今では、もとの食いしん坊ラッキーが復活しています。
その中で、現在、ラッキーに微妙な変化が認められるようになりました。
実は、「甘えん坊」になった‥のです。
妙に家族にスリスリしてくる。可愛い声で鳴く。
いつまで続くか分らないのですが、ともあれ、不幸中の幸いです。
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by sokanomori | 2011-04-07 22:42 | 東日本大震災 | Trackback | Comments(10)


創価学会員としての日常生活を語ります。^^


by sokanomori

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