カテゴリ:聖教体験談( 21 )

自由グループの母

◇宿命を使命と開く創価の輝かしい人生。

c0180341_12472457.jpg先々月の聖教新聞に“脳性まひの子と歩んだ50年”と題された体験が掲載されていた。
身体障がいの子供を持つ岡山県の母親の体験談であった。
以下に、その記事を抜粋する。
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1963年(昭和38年)、一人歩きをしない長女(直美さん)を連れて大学病院に行くと、「脳性まひ」と診断された。
「なぜ、私の子が‥」と思った。
「このまま娘と一緒に死のう」と何度も思い悩んだ。
そんなとき、学会の先輩が励ましてくれた。
「誰にも生まれてきた使命がある。直美ちゃんにも!」
“直美に使命が!?” 母の恵美子さんは、素直に受け入れられなかった。
何日も御本尊に唱題する中で、やがて心の奥から“どんなことがあっても娘と生き抜いていこう!”という気持ちが湧いてきた。
娘が7歳の時、重症心身障がい児施設に入所。そこで初めて、同じ境遇の母たちと知り合った。皆、社会からの理解や援助もなく孤軍奮闘していた。
恵美子さんは施設の家族会を発足、次に在宅で介護する親も含めた県の「重症心身障害児(者)を守る会」を設立した。そして、百貨店で重症児の写真パネルを展示し、チャリティーバザーや募金活動を行った。
その活動を、恵美子さんは20年、30年と続けた。
「道がないなら道をつくればいい。希望がないなら希望をつくればいい。それが信心だ」
2009年、恵美子さんは、仲間と共に、NPO法人「ゆずり葉の会」を結成した。
親が亡くなった後、残された障害児(者)の生活を守るための組織を、全国に先駆けて作ったのである。そして、恵美子さは、同NPOの理事長に就任した。
“ゆずり葉”とは、若葉が出た時に、古い葉が譲るように落ちる木の名称である。
「命をつないでいきたい」という障がい児を持つ親たちの願いを込めて命名したという。
今、ゆずりの葉の会は、会員が500名になった。
恵美子さんは言う。「直美がいてくれたから、人に尽くす人生を歩むことができました。それが直美の使命だったのです」と。
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自由グループの母の偉大な勝利が刻まれていた。
文中にあった、「生きることに遠慮なんていらない」という恵美子さんの言葉に共感した。宿命を使命と開く創価学会員の信仰の鑑と感じた。
信心という灯は闇を照らしてゆく。
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追伸1:ユズリハの名は、春に枝先に若葉が出たあと、前年の葉が譲るように落葉することから「ゆずり葉」と呼ばれるようになったという。親が子を育てて家が代々続くように見立て、縁起物として庭木に使われることがある。
追伸2:記事の車椅子の写真は、先日見学した福祉機器展示会のものです。
その展示会の記事は、→ここをクリック!
by sokanomori | 2012-10-18 06:51 | 聖教体験談 | Trackback | Comments(9)

脳性まひと闘う

                  ◇「妙とは蘇生の義なり」の実証。
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韓国SGIメンバー(女子部)の体験が、一昨日の聖教新聞に掲載されていた。
以下に、その体験談を抜粋する。
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脳性まひで、私は座ることも動くこともできませんでした。
絶え間ない心と体の痛みが続きました。目に入るのは、部屋の天井だけ。その痛みの他に、もう一つ感じることがありました。恨みと憎しみです。
私は生まれたときは健康体でしたが、2、3歳のころ高熱を出しました。このとき、経済的に大変だった両親は、私を病院に連れて行かなかったのです。結果、脳炎を引き起こし、話すことはもちろん、身動き一つできなくなりました。
やがて、「弟や妹と同じように学校に行けない」ことで、親への恨みが募りました。
しかし、母もまた、悔恨の情から苦しい思いをしていました。
私と母は、それぞれの痛みの上に20年あまり生活していたのです。
その私たちが仏法と巡り合いました。2008年4月に入信。
当初、私は、正確な発音はできませんでしたが、題目を唱え始めました。
“たとえ1日でも、ぐっすり眠れるのであれば”、“動くことのできない苦しみから、少しでも逃れられるのであれば”と願いつつ。
やがて熟睡できるようになりました。丸太のように硬く、横たわっていただけの体が、やがて座れるようになりました。「必ず幸せになれる」という確信が湧きました。
池田先生の指導を一つも欠かさず実践していこうと決めました。
しかし、先生の指導の中の「親孝行」という言葉に戸惑いました。
私は、まだ、母を恨んでいたからです。
祈り続ける中で、「親孝行をしよう!」と決意しました。
やがて、母と私の間に、笑顔が戻りました。
唱題を重ねるごとに、座ること以外にもできることが増えました。
ご飯を食べること、歯磨きをすること‥。
そして4年前、専門的なリハビリを病院で受けられることになりました。
病院に行くと、苦しいリハビリにくじけ、嘆き、笑顔をなくしている人が沢山いました。私は、病院に行くたびに、自分から明るく先に挨拶をするようになりました。
今、私は、「私は韓国SGIのメンバーです。この信心で驚くほど元気になりました」と信心の歓喜を語り、和光新聞(韓国の聖教新聞)も手渡しています。
私は、この仏法に巡り合ってから、沢山の願いがかないました。
しかし、これからかなえていく使命の方がもっと多いと確信しています。
私は、必ず幸せになり、この仏法の偉大さを証明してみせます。
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彼女は、この体験談の中で、「流れる雲の下で一陣の風を感じ、桜が散り、バラの彩(いろどり)とアカシアの香りを楽しんでいる」と語っています。
まさに、彼女の人生は、「妙とは蘇生の義なり・蘇生と申すはよみがへる義なり」(947頁)の証明と思います。大きな使命を担っている人ですね。
勇気と感動を一杯頂いた体験談でした。(^^)

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by sokanomori | 2012-09-24 05:31 | 聖教体験談 | Trackback | Comments(13)

星は夜に輝く

               ◇宿命と闘い、宿命を使命に変える人生。
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以下は、大白蓮華9月号に掲載されていた体験です。
新潟県の婦人部の勝利の物語です。
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生後100日足らずで母が他界。
中学2年のとき、離れて暮らしていた父も事故で帰らぬ人に。
私は親の愛情も知らないまま、親戚の店で働き始めました。
19歳で結婚。3人の娘を出産。夫は家族を大切にしてくれました。“ああ、これが夢にまで見た「家庭」なんだ”と幸せを噛みしめました。
しかし、昭和50年3月、夫は3300ボルトの高圧線に触れてしまい、亡くなったのです。
我が家は闇夜に覆われました。私は外出すらできず、家の前を通るクルマのエンジン音を聞いては“主人が帰ってきた”と、玄関に向かうほどでした。
そんなとき、学会員の友人が、「宿命転換」の話をしてくれました。
私は驚き、“信心で宿命転換して、本当の幸せが掴めるのであればやってみよう”と決意し、その年の暮れに入会しました。
無我夢中で学会活動に走りました。友人の飲食店で生計を立てながら、娘たちに手作りの服を着せました。その後、自分の飲食店を開業しました。従業員は私一人でした。
「親身に話を聞いてくれる店」、「素人らしさがいい」と評判に。やがて、「町で一番、客が入る店」と紹介されるまでに。
平成21年に、28年間経営した店を閉めました。
当時のお客さんが皆、味方になってくれて、昨年は聖教新聞125部を果たすことができました。家も改築し、今、地域広布の会場として使っていただいています。
3人の娘たち全員が幸せな結婚ができました。
それぞの夫が42歳になったとき、ホッとしました。
私の夫が亡くなったのが41歳だったからです。
真っ暗な夜空でこそ、星は綺麗に輝きます。「宿命の暗い闇は、全てのことを輝かせる使命の舞台だったのではないか」と私は思うのです。
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宿命の闇。冷徹な運命の打撃。
その漆黒の闇を背景に、美しく輝く学会員の人生。
今、暗闇の中で悩み、もがいている人もいよう。
君よ、君自身が灯になるんだ。君自身が光になるんだ。
一点の光もない闇の中で、実証という輝かしい勝利を掴もう!
その闘争が君の檜舞台になる。人生最大のドラマになる。
さあ、私たちの信仰を証明しよう! 闇に煌々と輝こう!
我らはこの世の闇を照らす地涌の菩薩。
周囲の人々の宿命をも転換する我らなのだ!
創価の森版「星降る夜の物語」は、→ここをクリック!
過去の大白蓮華の体験記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-09-22 06:02 | 聖教体験談 | Trackback | Comments(22)

香港SGI漢方医の人生

                  ◇「宿命」を「使命」に変える信心。
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漢方医の体験談が聖教新聞に掲載されていた。
香港SGIの李然賛(レイ・インザン)さんの体験である。
1966年に6歳との記述だから、李さんは1960年の生誕であろう。
私と同年齢の香港の学会員に親しみを覚えながら記事を読んだ。
以下に、その体験を抜粋する。
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私は幼い頃、ポリオ(小児まひ)にかかり、脊髄にウイルスが入り、左足の発達に障害が出ました。
4歳のときは松葉づえを、5歳のときは特別な靴を履いていました。6歳のとき、医師から、「20歳の頃には、両足の長さが5cm以上違っているでしょう」と言われました。
その年、わが家は、経済苦と弟の重い肺炎も重なり、一家で創価学会に入会しました。
心はずっと劣等感に悩まされました。長い間、半ズボンは絶対にはきませんでした。人前に出ることは大の苦手でしたが、学会活動に参加する中で度胸がつきました。
大学は父の家業であった中医(漢方医)を目指し、難関である香港中央大学を受験しました。
結果は不合格でした。仕方なく中医の定時制学校に入学。
日中は家業の診療所で働き、夜は定時制学校に学び、さらに学会活動に奔走しました。
“どれか一つでもやめれば楽になれるのに”とも思いましたが、全てをやりきり、5年で定時制を卒業しました。
当時の香港は、イギリスの植民地であり、西洋医学には免許制度がありましたが、中医に公的な資格はなく、医療保険もないことから、患者は年々減少していました。
このため、私は電機メーカーで17年間、営業職に明け暮れることになりました。
しかし私は、中医の道は諦めていませんでした。
学会活動に励みつつ、真剣に祈っていました。
1997年、香港が中国に返還され、香港特別行政区が中医の免許制度を設けることになりました。猛勉強の末、私と弟は2002年に合格することができました。
私は、中医をさらに学ぶため、中国本土の医科大学に入学。6年かけて中医の修士課程を修了しました。
このときの論文の視点が面白いと勧められ、思いかけず本の出版ができ、そのことがきっかけとなってテレビ出演や、香港中央大学で講演するという夢のような出来事が起こりました。
今、私は、労災認定の中医、香港SGIの副ドクター部副部長として活動しています。
私は、子供の診察のとき、次のような話をすることがあります。
「僕の両足を見てごらん。大きさが全く違うでしょう。僕もきみぐらいのときに自信がなかったんだよ」と言うと、多くの子供たちは目を輝かせるのです。
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李さんは30歳のときに諦めていた結婚を果たし、2人の息子に恵まれました。
何と同年齢で、しかも30歳の結婚まで同じでした。
宿命を使命に変えた偉大な人生が、我がことのように嬉しいです。
香港創価学会は元気ですね!創価学会は素晴らしいです!!(^^)
香港文化祭の過去の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-06-05 22:20 | 聖教体験談 | Trackback | Comments(4)

生きるよろこび

                ◇先天性椎骨・骨幹端・骨端形成不全。
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その朝は、出勤時間が迫り、私はいつも所持しているハンカチを忘れて家を出た。
電車に乗り、一息ついてから、いつものように聖教新聞を開いた。
そこに、2人の女性の笑顔があった。
サブタイトルに、「先天性椎骨(ついこつ)・骨幹端(こっかんたん)・骨端形成不全」と書かれていた。特殊な病の体験であった。読んで、自然と涙が溢れた。
以下に、その記事をご紹介する。(抜粋)
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静岡県在住の京子さん(支部副婦人部長・写真左上)は、9歳で母を亡くし、直後、父の会社が倒産。やがて家族は離ればなれとなり、高校に進学するも中退せざるを得なった。
だから、温かい家庭にあこがれた。
21歳のとき、信心を友人から勧められ、“なにをやってもこれ以上悪くなることはないだろう”と入信した。
結婚し、初産を迎えたが、その子(優子さん・写真右下)は呼吸をしていなかった。集中治療室に運ばれ、保育器の中で長女は生きていたが、ひじやひざがまがらないほど短い。
婦人部の先輩に思いをぶつけた。
「生にも死にも、かならず意味があるのよ。亡くなるなら、必ずその子の使命を残していく。生きるなら、どんな状態であっても困ることなく生きられます」と言われた。
以後、Kさんは前を向いて歩き始める。
検査の結果、「先天性椎骨・骨幹端・骨端形成不全」と病名が付いた。
骨がほとんど伸びないという、非常に症例の少ない病である。
優子さんは、3歳でハイハイを始め、初めて笑顔を見せた。4歳で食事がとれるようになった。5歳の夏、初めて歩いた。
特別支援学級で、中等部2年になった夏休み、優子さんは宿題の自由研究で「自分について調べる!」と言い出した。話を聞きに、主治医の元に行った。
軟骨を形成するのに必要な「Ⅱ型コラーゲン」がうまく作れない体であると知った。まとめたレポートの冒頭に娘は記している。
「身長が伸びたら、高いところはよく見えるし、オシャレができるし、プリクラもできる。でも、お母さんから身長はもうい伸びないと言われたときはショックだった」
後日、母の京子さんは「調べてみて、どうだった?」と、優子さんにそっと聞いた。
優子さんは、しばらく考えて次のように答えた。
「しょうがいない。今の私のままでオシャレを楽しめばいいね。自分らしく、この身長でしかできないことをやろー!」
優子さんの身長は82cm。その娘は、スポーツや一人暮らしとあらゆることに挑戦した。
唱題を重ね、大手企業の子会社への就職も勝ち取った。
現在、勤続6年。電動車椅子で通勤し、パソコンへのデータ衆力の仕事を担当している。
本年、いつも優子さんの姿を見ていた地元の壮年が2人、話を聞きたいと会合に参加。
そこで京子さんと優子さんの体験に感動して2人とも入信した。
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京子さんは、家族思いの夫と長女の優子さん、そして本年4月に大学を卒業して社会人になったばかりの次女の4人家族である。
過去、京子さんは、病や障がいは不幸、負けだと思っていたが、幸せとはそういう次元にあるのではないと知ったという。家族思いの夫と共に、娘の病と闘ってきた日々。
その中にこそ、ずっと求めていた「本当の幸せがあった」という。
電車の中で体験談を読みつつ、滂沱と流れる涙であったが、ハンカチがない。
仕方なく、私は背広の袖で涙をぬぐった。(笑)
類似する体験談「求めた“普通”」は、→ここをクリック!
別の類似する記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-06-02 06:46 | 聖教体験談 | Trackback | Comments(9)

オーストラリアSGI婦人部の体験

                  ◇聖教新聞の体験談が心にしみる。
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先日、オーストラリアの婦人部の体験談を読みました。
以下に、その記事をご紹介します。(抜粋)
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彼女はイギリス・ロンドンに生まれた。
歌やダンス、演劇を学び、劇団を渡り歩く。
25歳のとき仏法の話を聞いた。落ち込みやすい性格を心配する友の真心に触れて入信。
やがて、テレビドラマや舞台で、ベテラン俳優との共演を果たすようになる。
結婚し、30歳で演劇を辞め、長男を出産する。
けれど、夫はアルコール依存症に。暴言を浴びせられる日々。
「頑張っているのに、なぜ幸せになれないの?」
その疑問が、信心を遠ざけた。
「何もかも一新すればきっと幸せになれる」と、2000年にオーストラリアに移住。
やがて次男が誕生したが、環境は変わっても夫は変わらない。
03年に離婚。シングルマザーとして仕事と子育てに追われた。
友人もいない。日増しに憂鬱になる。
唯一、励ましてくれたのは国際電話でのイギリスSGIの友だった。
同志のあたたかさを思い出し、05年から自宅を拠点に提供、再び、学会活動を再開した。
その矢先、長男がステージ3のガンを発病。
会合で彼女の苦境を友が語ってくれた。中心者が口を開いた。
「皆さん、ご長男の闘病の勝利を祈りましょう!」
その場にいた300人が、長男の回復を祈念して勤行会を行った。
彼女は皆が唱える題目に涙が止まらなかった。「感謝してもしきれない。負けてなるものか!」と、闘志が心の底から湧き上がった。
2年の闘病生活を終え、長男の治療は無事終了した。
彼女は今、オーストラリアで国立図書館で歴史の編纂事業携わり、テレビCMに出演したり、歌手としても活躍している。
彼女は言う。「どんな宿命にも負けない生き方を、信心から学びました。挫折も、苦難も、全てが私を強く歩ませてくれる出発点です」と。
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世界中で創価学会員は、不幸を幸福に変えています。
嬉しいです。爽快です。(^^)

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by sokanomori | 2012-03-31 06:22 | 聖教体験談 | Trackback | Comments(4)

石巻市壮年部の体験

              ◇3.11大震災を使命に変えた学会員の物語。
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昨日の聖教新聞に、1人の学会員の壮絶な体験が語られていた。
以下に、その内容を抜粋して紹介する。
------------------------------
震災では、石巻市は壊滅的な被害を受けました。
4804人が犠牲となり、いまだ951人が行方不明。
石巻港も、200社の水産加工場が全滅しました。私地震も身内を失い、妹の遺体は見つかりましたが、いまだ妹の夫と母親は見つかりません。
震災翌日の朝、私は石巻平和会館にいました。そこに、女川町(おんながわまち)のメンバーが駆け込んで来ました。「女川は全滅です」との言葉に衝撃を受けました。
女川町には私の妹家族が生活していました。私は女川町に出向きました。
町が一望できるところにたどり着くと、ビルは転がり、列車が高台に打ち上げられ、街は消えていました。がれきを乗り越え、私は歩きました。妹の家にたどり着きました。
鉄筋3階建ての妹の家はペチャンコでした。残骸に向かって、何度も妹の名前を叫びましたが、声は虚しくがれきに吸い込まれるだけでした。
連日、石巻、女川、東松原の避難所や遺体安置所を回りました。
遺体安置所では、何千枚という不明者の遺体写真を確認しました。避難所でも安置所でも、家族を探す同志や友人と出会いました。
この極限状態の中で、希望の光がともったのは、3月16日に聖教新聞が初めて会館に届いたときでした。「心の財(たから)は絶対に壊されない」との池田先生のスピーチを、皆、涙して何度も何度も読みました。
その新聞を一人でも多くの人たちに届けようと歩きに歩きました。
ある避難所に届けたとき、会員でない方が、「私にもください」と言いました。「創価学会の新聞ですがいいのですか?」と聞くと、「ぜひ、ください」とのこと。
差し上げると、食い入るように読む人の輪があちらこちらにできました。
「この被災地から、広宣流布の新しい太陽が必ず昇る」
私は、そのことを確信しました。
不眠不休の避難所生活の3ヵ月後、過去の取引先の船主4人が訪れました。私は海苔や牡蠣(かき)の養殖業を営んでいましたが、過去の取引先の関係者が励ましに来てくれたのです。私は、「石巻の復興のために、まず、自分から立ち上がろう」と決意しました。
岩手県の山麓にある銀鮭養殖場に行ったところ、稚魚が無事に成長していました。
この養殖場は、妹が25年間心血を注いで、たった1人で立ち上げた事業でした。
私はこの事業を継続することを決意し、昨年10月、この会社の代表に就任いたしました。
石巻の復興は、水産業の復興なくしてありません。
全国の90%の生産量を誇る宮城の銀鮭は、復興の希望です。
私は、必ず福光・勝利することをお約束いたします。
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東北の学会員の底力に圧倒されました。
信仰が苦難を乗り越える原動力になることの証明です。
私が見た石巻市の被災は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-03-12 06:11 | 聖教体験談 | Trackback | Comments(12)

インドの四条金吾

                 ◇インドの四条金吾一家は勝った!^^
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インドに釈迦は生まれた。
釈迦の仏法は、西域から中国大陸を経て、東土の日本に渡った。
そして、日蓮大聖人の仏法は、アジアからインドへと西還した。
今、インドの創価学会員は5万人を超えている。
以下は、西インド第2総合方面婦人部長(上写真右の女性)の語った体験談である。
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私が仏法に巡り合ったのは26歳のときでした。
夫は低賃金で働かされ、明日の食事にも事欠く生活でした。
友人が、この仏法に導いてくれました。1994年に入信しました。
夫婦で御書を学びました。
夫は「まさに自分は四条金吾にそっくりだ!」と気付きました。夫は情熱的で責任感が強いのですが、短気なところがあり人間関係に悩んでいたのです。
壮年部員として実証を示したいと、夫は祈りに祈り、真剣に仕事に取り組みました。
私も、「やのはしる事は弓のちから」「をとこのしわざはめのちからなり」(御書975頁)との御文を拝し、夫の仕事を自分自身の宿業と捉え、全力で信心に取り組みました。
夫は、やがてソフトウエア会社の社長となり、その後、いくつかの会社の社長を歴任し、今月、世界120カ国のグローバル企業のインド法人社長に就任することが決まりました。
夫は今、インド創価学会の副支部長として、広布の最前線で闘っています。
----------------------------
この体験は、昨日の聖教新聞に掲載された記事の抜粋である。
18年間の信心の功徳とは、何と途方もないものであろうか。
インドにも四条金吾がいる。
信仰に真剣に取り組み、実証を示す勝利者となれば、それは四条金吾の分身である。
さあ、私たちも続こう!
百万の四条金吾となって、広宣流布を果たすために!^^

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by sokanomori | 2011-06-12 22:01 | 聖教体験談 | Trackback | Comments(6)

求めた“普通”

◇偉大なる創価の功徳と幸福に感謝。^^
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日曜日の聖教新聞。
体験欄を見ると、文章の冒頭に「求めた“普通”」の見出し。私の最も好むキャッチフレーズである。瞬時に引き付けられ、一気に読んだ。
以下に、東京の支部副婦人部長の体験を抜粋する。
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長男を出産した。
しかし、その子供は、先天性緑内障で目がまったく見えなかった。
夫からそのことを聞かされた産後の妻の目から、涙が流れ落ちた。
妻は、わが子を抱きしめた。「ごめんね‥」
彼女は不幸な自分自身の過去を振り返った。「私は結局、幸せになれないのか」
物心ついたころから、父親はギャンブルで借金ばかり。9歳の時に両親は離婚。
不幸を嘆くばかりの母親に嫌気がさし、18歳で家出した。
20歳で結婚。長女を出産した。希望が見えたとき、母が糖尿病で失明。介護のために同居させた。その直後に目の見えない長男が生まれたのである。
失意の中で、義妹から創価学会の話を聞いた。
「この信心で絶対に幸せになれる」との話に「絶対なんてありえない」と思った。
長男の目の手術が行われた。2度にわたる手術も効果は出せない。
やがて、真心の義妹の言葉に入信。彼女の信仰が始まった。
失明した母が2ヶ月後に入信。
ある日、長男の様子から、目が見えていることに気付く。
「あっくん!すごいね‥‥」
あとの言葉は、あふれ出る涙で途切れた。この現証に夫も入信した。
長男は小学校2年生までに、合計8回の手術を重ねた。左目の視力は失ったが、右目は0.2の視力を得た。
長男は、普通学級に進み、やがて創価大学に進学する。卒業後、公務員試験に合格。現在、区役所の職員として働いている。
彼女は、あらゆる試練を乗り越えた。やがて、視力を失った彼女の母は、「幸せな人生だった」と言って来世に旅立った。
取材の記者は、戸田先生の指導を最後に引用している。
「一生のすべての体験が生きてくるのだ。何ひとつ、塵も残さず、無駄はなかったことが分かるのです。これが妙法の大功徳です」と。
------------------------------------------------------------------------
彼女は、この体験談の中で語っている。
“普通の幸せ”がほしかった‥と。
大金持ちだろうと、有名人だろうと、この1人の婦人の幸せにはかなわない。
彼女の生活の一部始終は、輝かしい歓喜と感謝に満ちている。
私も平凡な幸せを望んだ1人である。同じように悩み、信心で苦難に立ち向かい、乗り越えてきた。苦難の中での唱題が命を磨いてくれた。
確かに、「塵も残さず無駄はない」のである。

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by sokanomori | 2011-02-08 23:52 | 聖教体験談 | Trackback | Comments(7)

車椅子

               ◇車椅子の夫婦(地区幹部)の物語です。
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昨日のこと。
通勤電車に揺られながら、半身不随の障害を持つ夫婦の体験を読んだ。
ご主人はバイク事故、奥さんは小児まひからの半身不随である。
以下に、その夫婦の体験を抜粋する。
-----------------------------------
小児まひだった妻の淳子さん。
幼少の頃、親元を離れ施設で歩行訓練に挑戦していた。
しかし、訓練を積み重ねても下半身の機能は戻らない。
「ミニスカートをはいて町を歩きたい」
「水着を着て浜辺を走りたい」
その少女の夢は叶わなかった。職業訓練校で学び、設計事務所に就職した。
父は娘に言った。「足が治らなくても、信心があれば幸せになれるんだよ」
一方、バイク事故で半身不随になった夫の貞雄さん。
2年間のリハビリも虚しく、下半身は動かなかった。
この2人が運命的な出逢いをする。
結婚に際して、貞雄さんは創価学会に入信した。貞雄さんは、御本尊に祈った。
「自分に適した仕事が欲しい」
すると、市職員の就職が決まった。障害者の採用は、過去に例がないとのことであった。
「これが、初信の功徳か!」と、歓喜した。
小さな市営住宅で2人の暮らしが始まった。妻の淳子さんにとって、主婦としての生活は憧れだった。洗濯、家事、炊事‥平凡な生活が楽しかった。
しかし、その奥さんが乳癌に‥。リンパ節にも転移していた。
夫婦で祈り、手術。10年が経過して完治した。
今、ご主人は地区部長、奥さんは地区副婦人部長として、広宣流布に生きている。
明年は、結婚30周年を迎える。
----------------------------------
夫の貞雄さんは、地区部長を7年勤めている。
奥さんは、2006年に、童話「飛べないるんるんと黄金の水」を執筆し、出版した。
「その人にしか感じられない幸せがあることを、伝えたかった」とのこと。
ここに、世界一、幸せな夫婦がいた。
いつものことながら、感動でシビレました~。(^^)

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by sokanomori | 2011-02-01 23:09 | 聖教体験談 | Trackback | Comments(2)


創価学会員としての日常生活を語ります。^^


by sokanomori

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