カテゴリ:体 験( 33 )

もし信仰がなかったら

◇信仰のない生活なんて考えられません。

c0180341_6544460.jpg私はありきたりの信心しかありません。
けれど、つくづく思うことは、「創価学会がなかったらとても今の自分はない」ということ。
創価がなければ、この世は闇。
そのぐらい私にとって創価学会は大切な存在です。
私は学会二世で、幼少のころから学会員は周囲に沢山いました。子供ですから、世の中の半分ぐらい学会員がいるように感じていました。
しかし、それが社会人になると様相が一変しました。
学会員はごく少数しかいない。(^^)
世の中のほとんどの人は学会員ではありませんから、当然です。
「ああ、学会員って、こんなに少ないんだ!」って分かった。(笑)
そして、学会の信仰をもたない人が、仕事もすごくできるし、立派な家庭も持ち、元気にハツラツと生きていたのです。それに比べ、自分は‥と、落ち込みました。
「信仰がなくても幸せに生きられるの?」
「どうして、(学会員以外に)こんなに立派な人がいるの?」
それは衝撃でした。逆に、私が知っている創価学会員はパッとしないように見えました。
やがて、バブル経済が崩壊しました。それでも私が30代の頃は日本の経済はものすごく豊かな時代でした。
すっかり俗世間に染まった私は、「世の中は実力で決まる」と思うようになりました。
私は信仰を忘れ、仕事に没頭しました。
当時、心の財なんて分かりません。身の財は変わりばえしなし、とどのつまり大事なことは蔵の財になりました。
やがて立身出世し、信仰をすっかり忘れてしまいました。
これが、私の30代の「空白の10年」です。(^^)
でも、結局、満たされない。上を見ればきりがないし、頑張っても、私の何十倍も豊かな人たちがいる。センス、知能、対話力、財力、自分より幸せな人が無数にいる。
そんな中、私は職場でひどい目に遭いました。あの「窓際族」です。
このとき、生まれて初めて真剣に信心をした。
むさぼるように学会の書籍を読みあさり、祈った。
このことで人生がゴロッ!と変わった。(^^)
不幸が幸福に、自己中心が利他に、冷淡な心が温かい心に、臆病が勇気に、悲しみが歓喜に変わった。つまらない人生が面白い人生に変わった。
そして気付いた。「信仰なき人たちはこの幸福を知らない!」ということ。
そのとき、過去に仰ぎ見た信仰なき大成功者たちは、私の中で色褪せたのです。
もし、創価の信仰がなかったら‥ぞっとしますね。
信仰なき生活の幸せは、継続しない幸せですから。
私の窓際族の体験は、→ここをクリック!
私の功徳の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-07-30 06:05 | 体 験 | Trackback | Comments(40)

続・消えたポリープ

◇健康を損なうことで得られる感謝の心。

c0180341_6572036.jpgポリープの話の続きですが。(笑)

◇ポリープ消滅について思ったこと
一昨日は、診断結果に大変驚きました。
私は「ポリープがなくなりますように」と祈ったのではありません。
「次回の診断で、ポリープがあるなら手術をします。どうか、手術が成功しますように。健康な胃を持てますように」
このような祈りでした。
診断書を見るとき、「さあ、いよいよだ」と思って緊張しながら見た。ポリープが2倍に増えているのではないか‥と思いつつ。
例えるなら、敵地に乗り込み、さあ、勝負だ!と部屋に乗り込んだら、誰もいないということに似ていますね。
勇んで部屋に飛び込むと、テーブルの上に花が活けてある。花の横のメモを見ると、「冷蔵庫にジュースがあります。ご自由に」と書いてある。それを見て、ポカ~ンとした私‥というような状況でした。(笑)

◇悲しみは幸福の感受性を磨く?
健康なら考えることもない胃のありがたさ。
失って気付くことは多いものです。
勿論、年齢と共にあちこち弱ってきます。面白いもので、弱くなるに従い、体の機能の1つ1つが働いてくれていることに、感動と感謝が生れます。
目が見えること、音が聞えること、歩けること、しゃべること‥。
苦労を知らない、悲しみを知らないということは、実は幸福も感じられないものです。
過去の話ですが、TVでイギリス?の全盲の女性が、あるときから目が見えるようになったという番組を見たことがあります。その女性は、過去は見えていて、あるときから見えなくなり、ずっと暗闇の中で年老いた。それが、何だか晩年に見えるようになった。
彼女の言葉が印象に残っています。
「私は世界一の幸せ者です。この幸福は、誰も分らないでしょう」
苦労していいのです。悲しみや辛さは、幸福を感じるための材料ですから。

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by sokanomori | 2012-01-18 07:00 | 体 験

消えたポリープ

◇不思議なんです。まさに妙法ですよね。^^

c0180341_23115878.jpg昨年12月、健康診断を受けた。
私には不安があった。
数年間、健康診断で指摘されていた胃のポリープである。私は、今回の検査でポリープが指摘されたら「摘出手術を受けよう」と考えていた。
奥さんにも、そのことは言っていた。
私は、積極的に健康を作りたいと考えていたのである。
切っ掛けは、昨年12月のSGIグラフを見たからである。
その記事は、→ここをクリック!
私は、この「1千回の満月」の記事を読み、80歳まで元気に生きようと決意し、「来年(今年)は、胃のポリープを摘出しよう」と考えたのだ。そして手術の成功を祈っていたのである。
検査の時、看護師から胃に異常がないか聞かれた。
「ここ数年、ポリープがあると診断されています」と言うと、「痛みとかありますか?」とのこと。私は、「ストレスが溜まると痛くなることがあります」と答えた。
発泡剤とバリュームを飲まされ、いつもより長い検査をしてもらった。
その診断結果が本日送られてきた。
見ると、「胃部」の欄に、「今回 A 異常なし」と記載されていた。じっと見詰め、しばし理解するまで時間がかかった。
不思議なこともあるものだ。どうしたことか胃のポリープが消えている。
他の検査結果はいつもながら良好。胸部X線、心電図、血圧、尿、血液、大腸、肝機能、糖代謝‥。全部、A(異常なし)だ。唯一、脂質がC(要経過観察)だった。
過去、脂質がAだったことは一度もない。しかし、多少高めの方が良いとする研究結果もある。要経過観察なら問題ないだろう。
ともかく、本年、胃の手術はなくなった。ありがたい。(^◇^)
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by sokanomori | 2012-01-16 23:45 | 体 験 | Trackback | Comments(32)

あとがき

◇私は勝ちました。苦難を功徳へと転換しました。

c0180341_20382194.jpg体験談、セールスマン菊川の戦い。
いかがだったでしょうか?
私は真剣な祈りと仕事への必死の挑戦で、大きな功徳を勝ち取ることができました。
途中、何故、祈りが叶わないのか、その理由が分りませんでした。しかし、結果的に、もし、簡単に成果を出していたらと思うとゾッとします。
挫折を知らぬままに売上げを達成したら、他の人たちの苦労も分らず、思いやりのない言葉で周囲を馬鹿にしたかも知れません。天狗になり、トラブルメーカーになったかも知れません。(笑)
私は自分自身の力のなさを学び、もって周囲の人たちの力を知り、感謝の心で私の責任を終えたのです。そして、新しい分野の仕事を頂いた。
今、私は、一人の創価学会員として、挫けず、責任を果たせたことに満足しています。
そして、新しいやりがいのある仕事を得て嬉しく思っています。
これからも、様々な苦難は間断なく続くことでしょう。けれど、私は信心根本で乗り越えてまいります。どうか、今、苦難の中にある皆さまも、大勝利してくださいネ!^^
この体験シリーズの最初の記事は、→ここをクリック!

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追伸:この体験談は、後日、座談会と地元本部の会合で体験発表をいたしました。
元気一杯、体験発表ができましたよ!(^◇^)
by sokanomori | 2011-09-19 21:29 | 体 験 | Trackback | Comments(10)

セールスマン菊川の戦い (下)

◇苦闘の果てに得た功徳は、納得の答えでした。

c0180341_23174680.jpg私の5月の売上げは周囲が注目する数字となった。
経験のない素人が売り上げる。
それは、全営業部門の希望となる。
私は、十分な手ごたえを感じた。
「残された数字をやれば大きな実証を示すことができる」と思った。
私の商品知識、営業手順の知識は格段に向上していた。しかも、見込み客は、売上げを果たすに十分な量を確保していた。
しかし、ここからが苦戦した。重要な契約をいくつも落としたのである。
私は、お守り御本尊にひれ伏しながら祈った。
されど、祈りは叶わない。6月、7月と季節は移り変わる。
厳しい夏の日差しが恨めしかった。そのうち、私と営業を一緒にしていたパートナーが体調を崩して戦線を離脱した。
新しく与えられたパートナーは退社問題を抱えていた。まともな営業活動もできぬまま、結局、新しいパートナーは退社した。
「おかしい。どうして決まらないのか。何故、祈りが叶わないのか!」
私は途方に暮れつつ、御本尊に祈った。
「御本尊様、大聖人様。私は勝てないのでしょうか。何が問題ですか。教えてください」
数日後、会社の取締役の1人が、私に声をかけてくれた。
「菊川さん、どうやって営業をやっているの?」
私の営業手順を聞いていたA取締役が神妙な顔で言った。
「菊川さん、それでは決まらない。そんな方法で、よく決めたもんだな」
A取締役は、私に営業の極意を丁寧に教えてくれた。
「少なくとも今の方法では駄目だ。行き詰っているのだから、だまされたと思って私の方法でやってごらん」
私は、もう、その方法を受け入れるしかなかった。過去の方法を捨てた。
実は、このA取締役の方法で、私は短期間に目標を達成した。苦労していたことが、まるで嘘のように、必要とされる契約が取れたのである。
後日、責務を終えて本社会議に参加した。皆、大変に喜んでくれた。
「菊川さん、この達成は大きい。営業部門に大きな刺激を与えたよ。本当にありがとう!」
私は求められ、次のように話をした。
「私は、6月以降苦しみました。自信を失ったとき、A取締役がアドバイスをしてくださいました。私は、そのアドバイス通り実行しました。結果、私は目標をクリアすることができました。A取締役、ありがとうございました」
私は感謝の意を込めて、深々とお辞儀をした。
顔を上げると、会議室の上座でA取締役が微笑んでいた。
それから一週間後のこと。
私に新しい業務が命じられた。それは、営業分析の業務だった。
100名を超える営業マンの過去の営業実績から、その弱点と長所を分析するという業務。
今、私は、A取締役の部門で営業分析を手がけています。(^^)
こうして私は、「此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり」(1451頁)の大事な仕事を勝利することができたのです。
辛く、厳しい仕事でしたが、振り返れば最高の思い出になりました。^^
以上で、私の体験談を終了いたします。
セールスマン菊川の祈りの記事は、→ここをクリック!
私が苦闘の中で書いた詩は、→ここをクリック!

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このシリーズの「あとがき」は、→ここをクリック!
by sokanomori | 2011-09-19 00:03 | 体 験 | Trackback | Comments(10)

セールスマン菊川の戦い (中)

◇未来は闇か光か。その明暗を分けるもの。

c0180341_6213964.jpg3.11の大震災は、世の中を一変させる衝撃であった。会社は単月で、巨大な赤字を生んだ。
赤字とは、まさに血液が流れ出ているのであり、対処しないと会社は死んでしまう。
私の会社の取り扱い商品の中で、今、売れるものとは何か。
売上げ会議で示されたのは、私が、かつて販売したことない商品であった。
しかも、この商品は専門性を必要とするもので、客層も私が経験のない分野だった。
素人が、明日からでも売れるという商品ではない。勉強しても、最低2週間の準備期間が必要だろう。難しい仕事なのだ。
会議は幾度も行われた。勉強会も行われた。
けれど、見積りを作成することができない。マスターできぬまま、私は、北関東、福島県南部への営業に出向くことになった。
営業のプロでも難しいとされる数字を、私は課せられていた。
「とにかく、全力を出そう‥」
大変な生活になると思った。一切を仕事に注力しなければならない。
最終の会議で、経営者から会議参加者全員に酒が1本づつ渡された。
「一寸先は光」という焼酎だった。経営者の真心が伝わってきて胸が一杯になった。
経営者は、この焼酎の名前をどう思うか、感想を述べて欲しいと言った。
1人づつ、参加者全員が、思い思いの気持ちを述べた。
私は、この「光」の名に、闇を照らす仏を思い浮かべた。
「仏教では、利他(りた)といって、他を利する、すなわち他の人たちの幸福を願い、行動するということを教えています。この暗闇のような世の中を照らす光となって、前進していく、そんな希望を感じる名称に感じます。今、私は、この会社の闇が打ち破れるよう、全力を尽したいと思っています」と話した。
私の話を聞いた経営者は、「さすが菊川さんだ。創価学会の人は言うことが違う。菊川さんには期待しているよ。私は信じているよ」と語った。私は、職場では有名な学会員であるが、この会議で鮮烈な学会宣言が行われたのである。
この会議から、私の本格的な営業活動がスタートした。
当初、アポイントを取り、専門営業員に商談を任せながら、その運びや見積もり作成方法を学習した。そして、5月初頭からは、福島県郡山市にて、本格的な営業活動を開始した。
私は、宿泊室にお守り御本尊をご安置し、朝夕に勤行・唱題し、日中は必死の思いで営業に出歩いた。雨、強風を跳ね返し、商談から商談の合間も、心の中でお題目を唱えつつ前進した。未知の分野の私の武器は、お題目だけだ。
不思議なことに、5月中旬に予想を超える早さで契約がポンポンと上がった。
周囲は驚いた。何故なら、プロの営業マンより、早く数字を出したからである。
5月末、本社会議に参加した私に、専門の営業メンバーから、「一体、どうやっているのか」と聞かれた。
私は、「特別な方法はやっていません。一生懸命やっているだけです」と答えた。
売上げが低迷し、元気のない幹部社員がいた。
経営者は、元気のない幹部に、「元気がないな。それでは売れないぞ。菊川さん、この人に勤行を教えてあげたら?」と話をして、会議をなごませた。
素人の私が売上げを伸ばすことは、周囲の大きな刺激になった。
私は、「早々に売上げて、実証をしめそう」と、再び、福島県に出向いた。
しかし、この後、私の売上げは苦戦することになる。
6月以降、本当の営業の厳しさを知るのである。
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by sokanomori | 2011-09-18 08:11 | 体 験 | Trackback | Comments(8)

セールスマン菊川の戦い (上)

 ◇これは、1人の創価学会員の体験談です。

c0180341_5303483.jpg3月11日、巨大地震が東北を襲った。
太平洋沿岸部の各県は、揺れと大津波で壊滅的な打撃を受け、死者、行方不明者が2万人を超えた。
人々を震撼させたこの巨大地震は、建物や人命を奪ったことに加え、私たちのライフライン、あるいは経済基盤を破壊させた。私の所属する会社も同じであった。
北関東、東北3県の営業所が被災、1ヶ月近く仕事の再開ができなかった。
仙台では、1週間以上停電が続き、ガスの復旧が果たされたのは5月に入ってからだ。
水道も復旧せず、トイレ、風呂も使用できない。
福島県の営業所は、6階建てのビルの最上階にあったが、窓ガラスが割れ、ビルの壁面から鉄筋が飛び出し、結局、営業所は他の建物に移動することになった。
社員の安否も確認が容易でなく、関西に逃れ行方不明の社員もいた。
これは、原発事故を恐れてのことだった。
友人、知人、親戚を亡くされた社員も多数いたし、実家を津波で失った社員もいた。
このように、東北、北関東では、大変厳しい生活と精神的苦痛を強いられた。
私は、この被災状況を、震災後に直接見ている。
その時の記事は、→ここをクリック!
あまりの被害に絶句し、しばらくショック状態が続いた。
けれど、悲嘆に暮れている暇はなかった。会社が倒産状態に陥ったからである。
我が社は、冬場に売り上げが下がる。11月~2月は必ず低迷する。
冬場をしのいで、やっと3月から売り上げが戻り、4月から利益に変わる。
その矢先の震災だった。仕事のキャンセルも続き、一気に会社はオカシクなった。
そうでなくても景気の悪い会社である。みるみる資金繰りが悪化した。
会社の経営者は、選択を迫られた。
経費削減か、新規売り上げの確保か。
長年の不景気で、もうこれ以上削るところのない会社である。生き残る道は、売り上げるしかなかった。しかし、営業拠点の一部が再開のめどすら立たない。
緊急会議が本社で行われた。経営者のもとに、20名の幹部が集められた。
その末席に私はいた。
緊迫した会議室に、経営者の声がこだました。
「この会社は、すでに倒産状態にあります。生き残る道はだだ一つ。売り上げるしかありません。未来の仕事は全部停止します。最低限の間接人員を残して、全員で営業をします」
1人1人に平等のノルマが言いわたされた。
私も例にもれない。売ったことのない顧客に、売ったことのない商品を売るのである。
できるできないではない。やらなければ、会社が倒産するのだ。
私は、全力を尽くすことを心に深く誓った。
会議室のテーブルの下で、拳を強く握り締めた。
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by sokanomori | 2011-09-17 07:09 | 体 験 | Trackback | Comments(4)

罰(ばち)

◇功徳もあればバチもあります。

c0180341_16401570.jpg罰とは、「ある定めに従わない行為に対し苦しみを与える、あるいは苦しみが発生する」ことを言う。
国においては法律に違反した場合、刑罰が与えられる。
仏法では、因果応報の哲理から、次の4種類の罰が述べられている。
◆総罰(そうばち):国全体、社会全体が総じて受ける罰。
◆別罰(べつばち):個別が受ける罰。
◆冥罰(みょうばち):内面的で見知しがたい罰。
◆顕罰(けんばち):明確な罰。はっきりとした罰。
私は功徳の体験をいくつか語ってきたが、顕罰を受けた体験もある。
過去から、語ろうと考えていたが、タイミングが難しく今になってしまった。
一笑していただければ、私の悪しき体験も浮かばれるというものである。
私が罰を受けたのは、次のような経緯からである。
------------------------------
42歳の時、私は窓際族であった。
御書も読み、聖教新聞も読み、唱題、折伏、学会活動もしっかり行っていた。
当時、聖教新聞紙上では、座談会と称して、日顕宗に対する過激な批判が行われていた。私は、この日顕宗批判の内容が不快でたまらなかった。
と、いうより、日顕宗の問題をあまり知らなかった。
副会長クラスの学会幹部が、口汚く日顕宗を批判している記事を読むことが耐えられず、多くの人たちに意見を求めた。
ある人は「あえてそのようにしている。そうしないと誤解をする人が出る」と言い、ある人は「これでも優し過ぎる。もっとヒドイことを宗門はした」と言う。
しかし、この不快な批判記事を、こころよく思っていない人は多かった。
やがて、私は、抗議の手紙を出すようになった。
「何故、人を馬鹿にし、ゲラゲラと笑うような内容を新聞に掲載するのか!」
そのような手紙を、数十通も聖教新聞社に書き送った。
学会本部にも出向き、抗議もした。
その年の年末、紙面上で批判をしていた某副会長から電話があった。
「ご理解ください」と低調に話す副会長に対し、
あろうことか、私は次のように言い放った。
「承服しかねます。オカシイです。容認できません!」
その電話から間もなくのことである。
年末になり、大晦日になった。
このとき、過去に経験したことない激しい痒みが全身に出たのである。
汗疹(あせも)なのかジンマシンなのか。
ともかく、激痛に近い痒みで夜も眠れない。
皮膚科は正月で休みである。三日三晩、私は七転八倒した。
この激しい痒みが出た瞬間、「これは、バチだ‥」とはっきりと認識した。
私は、御本尊の前に座り、必死で唱題を開始した。
「御本尊様、私が間違っていました。今後、学会本部、あるいは周囲の人々に迷惑はかけません。どうか、この痒みを消してください!」
------------------------------
罰は、1週間程度で治まったが、本当に苦しい出来事であった。
この私のバチの体験は、私の奥さんが一番よく知っている。
バチというのは、功徳の体験以上に、鮮明に御本尊の力を認識できるものである。
以来、私は、極めて学会員らしい学会員へと成長するのである。(笑)
仏法は勝負である。現証である。
方法論として、時に意見が対立することもあるだろう。
しかし、当事者同士において結論の出ない対立は、いつか現証として答えが出る。
仏法上の罰は本当に恐い。バチは、もう二度と御免である。
読者の皆さまは、このような馬鹿なことはなさらないであろうが、ともかく、罰というのは本当にあるのです。
ドフトエフスキーの罪と罰の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2011-08-26 21:20 | 体 験 | Trackback | Comments(57)

300万遍唱題と御書拝読の功徳

◇「おにのかくれ部屋」に掲載された体験談②

c0180341_23442095.jpg以下の文章は、おにゆりさんのHP、「おにのかくれ部屋」に掲載されていた、もう1つの体験談です。
この体験談は、HPの内容と少し異なる点があります。
その理由は、当時のおにゆりさんに対する私のパソコンメールが現存しないからです。
この体験は、元々、私が3圏合同の壮年大会で体験発表したもの。今回、その元原稿を、当ブログの保管用に修正いたしました。

◇御書の功徳(御書拝読2回・本流2世帯・300万遍唱題の功徳)

私は26歳の時に、仕事に悩み、100万遍のお題目をあげたことがあります。
その功徳で、次の会社に入社、研究室を任される立場になりました。
やがて会社は、社員数2000名を超える一部上場企業へと発展。しかし、喉元過ぎれば熱さ忘れるで、私は10年以上も「勤行もしない、活動もしない、聖教新聞も読まない」という、完全な退転生活を続けてしまいました。そして、福運が切れて、やがて大変な事態に遭遇することになりました。
39歳の時のこと。仕事の研究過程で、私は会社が「導入・販売している商品」の1つに、重大な欠陥があることを発見しました。
それは発覚すると社会問題化する商品でした。改善の余地のない欠陥でしたから、私は、その商品の「取り扱い中止」を会社に求めました。しかし、その商品が当時、良く売れていたということもあり、会社は販売を続けました。
私は、幾度も、事業部門とその責任者である常務に商品の問題を指摘し続けました。
私の行動に対し、追い詰められた常務と事業部長は、「菊川は乱暴な発言をするヤツだ」とか、「組織を乱すヤツ」だとか、陰湿な悪いうわさを流すようになり、あげくの果てに、頼りの社長までが黙認してしまったのです。
このことが原因して、私は「窓際族」になりました。
ある日、組織から突然外され、出社しても、何も仕事がない日々が、2年以上も続きました。
本当に辛い、本当に苦しい生活でした。
当時、悩みを抱えていたのは、私だけではありません。
妻も同時期に、隣人からイジメられ、苦しんでいました。
隣の家の奥さんが、うちの妻と隣の旦那が浮気をしているという妄想に取り付かれ、妻に罵声を浴びせたり、ゴミを投げつけたり、おちおち自宅の庭にも出られない状況になってしまったのです。
妻は悩み、食事も喉を通らなくなりました。
夫婦そろって、私は会社で、妻は自宅でと、2人してイジメられる生活になったのです。
この大きな悩みの中で、私は40歳から、信心を再開いたしました。
朝晩の勤行・唱題、折伏、御書の拝読を忍耐強く続け、300万遍の唱題と、2世帯の本尊流布、御書全集2回の拝読を果たしました。

さて、3年間の信心で、何がどのように変わったのか、どのような現証が出たのかを以下にお話します。

まず、会社がどうなったのかということですが、私が窓際族になって1年後から傾き始め、やがて経営状態が極度に悪化、何と上半期売上げが前年度対比50%近くにダウンという最悪の事態となったのです。
そして、私をイジメた事業部長が退社、問題商品を黙認した社長が業績不振の責任を取って辞任に追い込まれ、さらに、全社員の四分の一に当たる約400名が、業績不振のあおりを受け、リストラされてしまいました。
これに対し私は、不思議なことにリストラの対象にはならず、むしろ窓際族になったお陰で、御書をまるまる2回も読むことができましたし、法華経二十八品の他、様々な学会書物を、職場でじっくりと勉強することができました。
このことに加え、本当に驚いたのですが、新社長の就任に伴い、私は研究所の責任者として正式な任命を頂き、完全な職場復帰を果たすことができました。
この時、新社長は、「私の懐刀として頑張ってもらいたい」とまで言ってくれました。
妻のイジメの問題に関しては、隣のオバさんの病気が直らないので引越しをしようと思い、まだ、窓際族の渦中、家を売ることにしました。
結果、たった一週間で、希望価格で家が売れました。そして、新しい土地に、2件目の家を建てることができました。不動産会社の人は好条件での家の売買に「こんなことは、まったく珍しいことなんですよ」とビックリしていました。
家の売却の時、会社の持ち株も同時に全て売りに出しました。株は売却した後、一時高値を付けましたが、結果として当時の5分の1以下の価格になりました。
この平成不況の真っ只中で、「窓際族」が家を建て直し、完全な職場復帰ができたことは、不思議なことでした。この仏法が「おとぎ話」ではなく、本当に力ある宗教であるということを、私は身をもって知りました。
まさに、「仏法とは道理なり。道理とは主に勝つものなり」又「わざわいの幸はこれなり。騒ぎが大なる幸となるなり」のご金言の通りでした。

以上が、私が実際に壮年大会で発表した体験談です。
このように、大きな現証を得た私でしたが、私の本当の功徳は、次にお話しする「心の変化」にあったのです。

◇私の心の変化に関する功徳のお話

私には子供がおりません。
子供がいないことは、他と比べる相対的な生き方しか知らない人間にとって、虚しさや後ろめたさが影のように寄り添うものです。
先に申し上げた職場での窓際生活の中で、馴れない御書を四苦八苦しながら読んでいるとき、国府(こう)入道夫妻への二編の御書に出逢いました。
佐渡の夫婦。跡目のいない夫婦は辛かったはず。周囲から、信心しているのに子供ができないではないか、と悪口も言われたのです。
何故、この夫婦は大聖人に赤誠を尽くしたのか。否、何故、尽くせたのか。何を望み、何を得て、一生を終えたのか。
深海のように静かな部屋の窓際で、私は、じっとこの二編の御書に目を凝らしました。
そのとき、私は気付いたのです。
「嗚呼、この2人は、子供のいない夫婦、あるいはお子さんを亡くされた夫婦に、大聖人のご指導を末法万年に残すために生まれてきたんだ」と‥。この時、私の眼から涙が溢れ出て、子供がいないという悩みが、一瞬にして心から消えました。
私は悟りました。「自分は、今の自分でいい」と。
心のモヤモヤが晴れ、帰郷した正月。田舎の母と2人で話し合いました。
「お母ちゃん、俺、子供いないけど、いいよネ」と聞くと、母はにっこり微笑んで、答えてくれました。「いいんだよ。子供が生まれても、悪い子もいる。いないというのも気楽でいい。そう思うことにしましょう」と。
私は、抜苦与楽の功徳を、確かに国府入道の御書から頂きました。

私はこの大きな体験を得て、さらに御書を読み進めました。
3度目の拝読を始めたとき、私の心には、1つの疑問が生じたのです。
「大聖人は、御書を通じて何を言われたのか。仏法の目的とは何か。幸福とは何か」という疑問でした。
御書には、幸せな結婚をして、子供が学業優秀で、十分な財産があり、健康で、皆が笑顔で生活している‥というような幸福論は述べられていません。
大聖人は、繰り返し、人生の目的を「成仏」と述べられていたのです。
「ともかく大聖人は、人生の目的を仏になることだと言われている。
成仏とは何だろう。一生を仏と成って生きるということか。まてよ…。他のために、幸せを作る行為の中に悦びがあるな…。私は窓際族だ。会社のためを思って戦った結果、こうなった。今、何の利益も生んでいないようでも、少なくとも薬にはなっている…」
そんなことを考えながら、一生成仏抄の表題を見ているときでした。様々なモヤモヤしたものが忽然と消えて、私の心の中に太陽が昇ったのです。
「そうか。仏になることが幸せなんだ!」
一瞬にして眼前が開け、私は美しい光に包まれました。
私は拳を握りしめて、一人、孤独な部屋の中で叫んだのです。
「等身大の広宣流布の人生を歩もう!」と。(完)

以上が、おにゆりさんのHPに投稿した私の体験談です。
元原稿とは少し違うかも知れません。
この記事は、過去、「御書の功徳」という記事を書いたとき、おにゆりさんが「この体験談を私のHPに掲載させていただけませんか?」という打診があり、過去の体験談を膨らませて作成したものです。

27歳のときの体験(100万遍の功徳)の別記事は、→ここをクリック!
300万遍の「唱題表とご祈念帳」の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2010-11-07 00:09 | 体 験 | Trackback | Comments(29)

百万遍の功徳(変毒為薬)

◇「おにのかくれ部屋」に掲載された体験談①

c0180341_23191845.jpgおにゆりさんのHP、「おにのかくれ部屋」には、私の2つの体験談が掲載されていました。
今後のことも考え、当ブログにも体験談をそのまま記録に留めることにします。
以下の内容は、私のパソコンの元原稿と、当時のおにゆりさん宛てのメール文書です。
私にとっては、5本の指に入る大型体験です。^^

◇百万遍の功徳(変毒為薬)

私の人生の最初の試練と、生まれて初めての100万遍唱題挑戦についてお話いたします。
26歳の時のことです。私は、学会員の女性と結婚しました。
幸せな結婚をして半年後、彼女は家出をしたのです。
テーブルの上のメモ用紙に、「探さないでください」と書いてありました。
その経緯や具体的内容はここでは語りませんが、要するに捨てられたのです。
以来、ショックで食事も喉を通らなくなりました。
パンの半分も食べられない。加えて、眠れない。
不眠症と拒食症になり、加えて、顎(がく)関節症になりました。悩みで、寝ているときに歯を食いしばっているようで、それが原因して、アゴが痛むのです。指がやっと1本しか入らない口になってしまいました。
60kg近くあった当時の体重は、みるみる下がり、ついに体重は50kgを切りました。
あばら骨が見えるほどになりました。惨めでした。世界一不幸な人間になりました。
涙は枯れ、ボロボロの自分があるだけ。心は氷のようでした。
修復しようと考えていたので、親にも周囲にも相談しませんでした。
苦しくて、その苦しみから逃れるために100万遍を5ヵ月で唱えました。ひたすらに‥。

年末になり、私は大石寺に向かいました。親には、「妻と旅行に行く」とウソをつきました。
1人では帰郷できません。それこそ、両親を驚かせ、悲しませるだけですから。
大講堂で丑寅勤行をしました。そして、大客殿で朝まで唱題。
もう、何時間、祈っているのだろう‥。
その時、40歳代と思われるご婦人が私に声をかけてきたのです。
「何か重大な悩み事があるのではありませんか。よろしければ、お聞かせいただけませんか?」
私は、一部始終を話しました。
ご婦人は頷き、にっこりとほほ笑んで言いました。
「私、あなたと同じことになった人知っているわ。あなたの奥さん、帰ってくるかも知れないし、帰ってこないかも知れない。でも、あなたなら絶対に大丈夫です。もし、離婚になっても、あなたに相応しいお嫁さんがきます。そのとき、今の奥さんは、いつか必ず惨めな姿を見せにくるでしょう」
その後、私は100万遍を唱え切りました。しかし、彼女は戻りませんでした。
でも、その中で私の心は清らかに輝いていたのです。
100万遍を唱え、得たものとは「獅子は伴侶を求めず」との決意でした。

私は、この100万遍唱題で、たった2つのことを祈ったのです。
1つは彼女との関係の修復、2つには月給30万円を稼げる会社への就職でした。

私は安月給な上、お金に無頓着なタイプでした。若い時に金などいらないと平気だった。
稼げないくせに、買いたいものを買った。だから貧しかった。
ワガママだったし、他を思いやる心もなかったのです。
今から思うと、私は、欠点だらけの人間でした。
100万遍を唱え終わった2ヵ月後、私は願い通り、給与30万円の職場に転職することができました。その職場で、今の妻と出逢ったのです。
新しい奥さんは学会員ではありませんでしたが、結婚の時に入信してくれました。
正式に前妻と離婚し、新たな彼女と再スタートを切ったのです。

以来、私の人生は劇的に、180度変化しました。
会社では最も得意な仕事を任され、トントン拍子に出世。30歳で課長になり、35歳で部長になりました。活躍は社内外に轟き、社長賞まで頂いた。
すなわち、離婚した27歳を前後して、私の人生は全く別物になったのです。

前妻と離婚して7年目のある日、以前の彼女から、会社に電話がありました。
会って欲しいとのことでした。
迷いましたが、電話のかかってきた当日の昼過ぎに会いました。
渋谷の安っぽい喫茶店で見た彼女は、少しケバケバしくなっていました。
見て、何だか、悲しくなりました。
彼女は伏目がちに言いました。「後悔しています。あのときのことはごめんなさい」
以来、別れた彼女とは会っていません。どこに生活しているのかも知りません。
ただ、私は、別れた彼女に、今も心の中でつぶやくことがあるのです。
「あなたが私に100万遍を唱えさせたのです。ワガママで、愚鈍な1人の男が、あなたに縁して変わったのです。ですから、感謝しています。むしろ、謝罪しなければならないのは私です。どうか、新しい人生の勝利者になってください!」と。

◇おにゆりさんへのメール文書

体験ですが、掲載していただければ幸いです。
何故なら、悲惨な境遇の人々の励みになるからです。
あのときは、本当に辛かった。必死でお題目をあげましたよ。
「御本尊さま、助けてください。私は過去世に何をしましたか?」って。
泣きながらお題目をあげたんです。
食事もできず、やせ衰えながら、仕事をしながら、死んでもいいやと思って祈ったんです。
そうしたら、人生ががらっと変わった。
もう、乞食と王様ぐらいに変わった。闇が光に変わった。
本当に何不自由ない生活になった。
たったの5ヶ月、たったの100万遍です。
お題目だけの功徳です。

もう1つの掲載体験談の記事は、→ここをクリック!
私の今の奥さんの記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2010-11-06 23:23 | 体 験 | Trackback | Comments(100)


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