カテゴリ:御書の登場人物( 13 )

維摩詰 (ゆいまきつ)

◇維摩経の維摩詰(ゆいまきつ)の精神。

c0180341_734866.jpg大乗教の維摩経(ゆいまきょう)。
そこに、在家の菩薩である維摩詰(ゆいまきつ)が描かれている。
あるとき、維摩詰が病気になる。見舞いに訪れた文殊師利(もんじゅしり)が、「あなたは何故、病気になったのですか?」と尋ねる。
病床に伏していた維摩詰は、「一切衆生が病む故に、私も病むのです。もし、一切衆生の病が消えるなら、私の病も消えるでしょう。菩薩の病は、大慈悲から生じるのです」と語る。
開目抄には、「維摩経に云く「維摩詰又文殊師利に問う何等をか如来の種と為す・答えて曰く・一切塵労の疇(ともがら)は如来の種と為る・五無間を以て具すと雖(いえど)も猶(なお)能く此の大道意を発す」等云云」(192頁)と記されている。
池田先生は聖教新聞(7月27日)に、維摩詰について次のように述べられていた。
------------------------------
仏法における菩薩の究極の精神が示されています。
あらゆる人の苦しみを我が苦しみとし、同苦し、それを共に乗り越えていく。そのために、あえて自らも病気の姿を現しているというのです。
仏法では、このことを願兼於業(がんけんおごう)と説きます。
人々を救うために、自ら願って悪世に生れ、宿業と戦う。そして、自らの生き方、振る舞いを通して、仏法の偉大さを教えていく。
その人にしか救えない人が必ずいる。その人にとっては、眼前の病気との闘いこそが、即、一生成仏と広宣流布の使命の戦いなのです。
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加えて、池田先生は、「信心がないから病気になるのではない。信心を強めて、人間革命をするために病気がある」とも語られている。(大白蓮華8月号の巻頭言)
人生の途上で、人は病気もするし苦難にも遭う。
悩みも悲しみもある。
けれど、一切は、「その人にしかできない使命の種子」になる。
私も課題が沢山あります。私も病気も怪我もします。
でも、見ていてください。全部、使命に開きますから。私、頑張りますから!
ですから、皆さんも開いてください。頑張ってください!(^^)
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by sokanomori | 2012-09-02 07:20 | 御書の登場人物 | Trackback | Comments(6)

目連(もくれん)

◇神通第一と称された釈迦十大弟子。
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c0180341_6193417.jpg先日、奥さんと散歩していると、白い花をつけた街路樹があった。
「これ、何の木だろう?」とつぶやくと、奥さんが「モクレン」と教えてくれた。
「よく知っているな。大したもんだ」というと、「あなたが知らな過ぎるんです」とのこと。
私は、植物の名称をあまり知らない。
数年前まで、桃の花も分からなかったのである。(笑)
ネット検索したところ、この白い花のモクレンは「ハクモクレン」らしい。
モクレンというのは、正式には花が紫色のものをいう。
昔は、「木蘭(もくらん)」と呼ばれていたこともあるようだ。これは花が蘭に似ていることに由来する。やがて、蓮の花に似ているとして「木蓮(もくれん)」と呼ばれるようになったという。
さて、モクレンと言えば、釈迦十大弟子に目連がいる。
梵名を「Mahaa maudgalyaayana」という。これを音写したのが「摩訶目犍連」で、略して「目連」となった。目連は舎利弗と親交があり、やがて釈迦の弟子となる。そして、神通第一といわれる高僧へと成長する。
あるとき、亡き母が餓鬼道に堕ちていることを神通力で知るが救うことができない。このとき、釈迦の教えに従い、盂蘭盆供養をして母を救う。
(盂蘭盆経十六巻に記述あり)
神通第一の目連であるが、最後、竹や杖を所持する外道に命を狙われ、過去の業であることを悟り、あえて外道に殺されて業を滅したといわれている。
仏法は幾多の迫害を乗り越えて、この東土の日本に伝来した。今、その仏法は、創価学会によって、世界中に功徳の花を咲かせている。
桃の花の過去の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-04-06 06:27 | 御書の登場人物 | Trackback | Comments(8)

南条時光(なんじょうときみつ)の生涯

◇青年創価学会(学会二世)永遠の憧れ。

c0180341_15515061.jpg南条家は、鎌倉幕府の御家人で、駿河(するが)国富士郡上野郷の地頭であった。
上野郷の地頭であるがゆえに、上野殿と呼ばれた。
南条時光は、今でいう学会二世である。
正式な呼び名は、南条七郎次郎平時光。
南条時光の父は念仏信仰者であったが、大聖人に帰依し、時光の母や子供たちも、皆、大聖人門下となった。
父は若くして亡くなった。時光7歳のときであった。
父亡き後も、母の信仰は貫かれた。時光は、幼いときから母と共に日蓮大聖人の信仰を実践する。
その母と子の信心は、やがて親類に当たる松野家、興津家を入信へと導く。
時光は、日蓮大聖人、日興上人から激励され、さらに多くの先輩同志に接しながら強盛な信仰者へと成長する。
時光は熱原法難の際に、自宅を信仰活動の場に提供し外護に奔走したが、幕府は圧迫を強め、南条家には不当な重税が課せられた。
南条家は、極度の耐乏生活を強いられた。時光自身、乗る馬もなく、妻子の着るものにもこと欠く事態になった。しかし、この苦難にあっても、時光の信仰は揺るがない。
時光自身、大聖人から30通を超える御書を与えられている。与えられた御書の数は、信徒の中でも最も多い。大聖人は、時光への手紙に「上野賢人殿」としたためられ、その純粋にして強い信心を賞賛されている。
大聖人御入滅の後、やがて身延は謗法の山と化す。地頭の波木井実長が、学頭の日向に迷い、日興上人の戒めにに不遜な態度を示すようになったのである。
日興上人は、大聖人の御遺命を体し、身延離山を決意された。
この身延離山に際し、自宅に日興上人をお迎えした時光は、自領の大石ケ原の地を寄進することを申し出る。そして、南条家、新田家、西山家、高橋家、石河家などの同志と糾合して日興上人門下の寺院建設に着手したのである。
最初の寺の大きさは、十二間四方(約22m四方)。名称は大石寺と命名された。山号は、多宝富士大日蓮華山。ときに、南条時光、32歳であった。
大石寺、すなわち、創価学会の源流たる日蓮正宗の寺院建立は、この南条時光の赤誠によって果たされたのである。この大石ケ原には、やがて、幾多の坊が建設されていく。
時光の晩年は、幸福に満ちた生活になった。
息子に家督を譲り、先立った妻の乙鶴(法号・妙蓮)の追善菩提のため自宅を供養し、妙蓮寺を創立した。享年74歳。
嗚呼、南条時光よ!誉れ高き日蓮仏法の丈夫(ますらお)よ!
われ、時光の人生に感服するのみ。

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by sokanomori | 2011-10-12 21:21 | 御書の登場人物 | Trackback(1) | Comments(30)

続・異体同心事

◇70万の大軍に勝利した周の武王。

c0180341_2040631.jpg異体同心事(いたいどうしんじ)には、周の武王が少数で大軍を打ち破ったことが述べられている。
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「殷の紂王は七十万騎なれども同体異心なればいくさにまけぬ・周の武王は八百人なれども異体同心なればかちぬ・一人の心なれども二つの心あれば其の心たがいて成ずる事なし」(御書1463頁)
-----------------------------
殷(いん)王朝は、紀元前1600年頃建国され、数百年に渡って栄えたが、末期になると国は乱れ、紂王(ちゅうおう)の時代に滅びている。
殷の紂王は、酒池肉林の贅沢に耽る。
重い負担を強いられた民衆が叛乱すると、殷の紂王は重い刑罰を課した。罪人は、熱せられた銅の上を歩かされ、耐えきれず真っ赤に燃えた炭の上に落下した。その様子を、妃である妲己(だっき)とともに楽しんだと伝えられる。
この殷王朝に対し、周の文王が討伐を目指すが、志半ばで病に倒れる。
やがて、文王の子の武王(ぶおう)が志を受け継いで蜂起する。その最初の勢力は800人であった。対する殷の紂王は、70万の兵力を保有していたと「史記」に記されている。
本来なら、数の上で勝機はない。しかし、周の武王の進軍に対し、殷軍は戦うことなく道を開く。加えて殷軍の中から周軍と合流する者が出て、ついに殷軍は総崩れとなる。
最後、殷の紂王は、炎の中に身を投げて絶命する。
周の武王には、悪の根源である紂王を討伐し、新しい国家を建設しようとする「燃えるような心ざし」があった。その決意の行動に、多くの人々が味方となったのである。
今、創価学会は、人種や国家の違いを越え、日蓮大聖人の仏法を世界に広めている。この運動は、全人類に、大幸福、大福運を与えゆく、完全無血の世界革命である。
私たちは、この周の武王のごとき熱意と勇気を、御本尊への祈りから涌現しつつ、未来万年に前進していくことだろう。^^
過去の異体同心事の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2011-03-09 22:09 | 御書の登場人物 | Trackback | Comments(4)

烏竜遺竜事(おりょういりょうのこと)

              ◇上野尼御前御返事に示された父子の人生。
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上野尼御前御返事。(1580~1582頁)
大聖人御年60歳の時のお手紙である。上野尼御前は南条時光の母である。
御書の冒頭、「この仏法を信受すれば、千人のうち千人、一人も欠けることなく仏になれる」とのご指南があり、その裏付けとして、烏竜(おりょう)遺竜(いりょう)父子の古事が語られている。この父子は、古代中国の有名な書道家であった。
父の烏竜(おりょう)は、道教(どうきょう)を信仰していた。
道教とは、長生術、呪い、易などを行う中国民族の土着宗教である。この世は、天界と人界、冥界に分れ、多くの神々が存在し、宇宙の運行や自然現象を司っているとされる。
父の烏竜(おりょう)は、仏教を嫌い、仏典の書写をしなかった。
烏竜は死に際し、息子の遺竜(いりょう)に、「仏典を書写してはならない」と遺言した。
父は、このことが原因して、死して無間地獄に堕ちたが、息子の遺竜はそのことを知らない。息子は、父の遺言を守り、仏典の書写をしなかったが、最終的に、領主である司馬氏の要請に屈し、やむなく遺言に違犯して法華経八巻の題号64文字を書いた。遺竜はこのことを悔い、血の涙を流し、父の墓前で陳謝する。
その遺竜の夢に、父の烏竜が出現して語りかける。
「汝が手は我が手なり・汝が身は我が身なり・汝が書きし字は我が書きし字なり・汝心に信ぜざれども手に書く故に既に・たすかりぬ」(御書1582頁)
息子の手で書かれた法華経の64文字の題号が、父を救ったという古事である。
日蓮大聖人は、この御書を通じ、親孝行とは何か、さらに南無妙法蓮華経の功徳とは何かをご教授くださった。たとえ信じていなくても、これほどの功徳がある。もし、大信力で祈り、行動したときの功徳は如何ばかりであろう。
池田先生は、「あなたが勝てば、ご両親も勝利される」と再三、ご指導くださっている。
まさに、この仏法の実践において、自身が勝利することは、父母のみならず、地域の創価学会全同志の勝利となり、大功徳となるであろう。
ご両親を失われたり、お子様を失っていらっしゃる方々にとって、この御書は勇気と希望を得られる内容を秘めている。長編の御書ではないので、一通り拝されてはいかがであろう。
さて、御書には、仏法の功徳の無量無辺を示す内容のものが多く存在している。
この功徳を、体験するということは大事中の大事である。
理屈で知っていることと、体験で理解しているというのは天地ほどの違いがある。私は、いくつかの大功徳を頂いた。私の今があるのは、この功徳のお陰である。今、逆境の中で苦しまれている人もいらっしゃるであろう。多くの方々が、御書に学び、祈り、行動して、大きな実証を得ていただきたいと願っております。
尚、私の父は、すでに亡くなっています。
私の父の過去の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2010-12-16 22:12 | 御書の登場人物 | Trackback | Comments(10)

同生同名(どうしょうどうみょう)


◇信心は「やった分」の功徳です。
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子供のころ、母からヘンな話を聞いた。
「左右の肩に二人の神様がおるんよ。その神様が、お前の行いを全部、御本尊様に教えとる。二人いるのは、一人が御本尊様に報告に行っても、もう一人がじっと見とる。じゃから、ごまかせんようになっとる。良いことも悪いことも、全部、ご本尊様はお見通しなんよ」
インパクトのある話で、子供ながらに、「嫌だな~」と思った。(笑)
さて、この肩にいる神様というのは、同生同名(どうしょうどうみょう)と呼ばれる二神で、正式には同生天、同名天という。
常に人の両肩にあって、行動の善悪を記録して、閻魔王に報告する二神である。十王経に、「左の神は悪を記す・右の神は善を記す・総じて双童と名づく。尽く持して閻魔法王に奏与す」とある。勿論、そのような神が両肩に宿っているのではない。例え話である。
四条金吾が、佐渡を訪ねた際に、大聖人が 金吾の妻に与えられたお手紙が「同生同名御書」である。「人の身には同生同名と申す二のつかひを天生るる時よりつけさせ給いて・影の身にしたがふがごとく・須臾もはなれず・大罪・小罪・大功徳・小功徳すこしも・おとさず・かはるかはる天にのぼりて申し候」(御書1115頁)と述べられている。
人生における行為の一切が宿業となって蓄積され、その結果として功徳や罰を受けるというご指南である。大聖人は、金吾夫妻の強信を讃えられ、「諸天が必ずご承知であろう」と激励されている。
この二神の話は、ユーモラスな話であるが、現実には実に厳しい。真剣に取り組んでいる人と、信心半分、遊び半分という人では、功徳も大きく違う。
御本尊を保つといえども、祈りもなく活動もないならば、何の益もない。
大事なことは、仏道修行の実践である。

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by sokanomori | 2010-03-14 22:19 | 御書の登場人物 | Trackback | Comments(10)

竜女


◇法華経は、女人成仏の経典です。
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c0180341_23433673.jpg法華経提婆達多品第十二。
ここに、竜女(りゅうにょ)が登場する。
法華経以前の経典では、女性は成仏できなかった。竜女は蛇身の畜生であり、まだ八歳の娘であった。その竜女は、法華経を聞き、歓喜して立ち上がり叫ぶ。
「我は大乗の教えをひらいて苦の衆生を度脱せん・汝が神力を以って我が成仏を観(み)よ」
竜女は、即身成仏の証として、男子に変じ、妙法を演説した。烈々たる大確信を語る竜女に、周囲は騒然として揺れ動いた。竜女の姿と言動に無数の衆生が歓喜し、手を合わせ、ひれ伏し、六返に震動した。
このとき、仏教史上初めて、女人成仏が果たされたのである。
華厳経には「女人は地獄の使い・夜叉の如し」とあり、天台大師は、「(他経には)男に記して女に記せず」と述べている。
すなわち、女性は仏になることはできない存在であった。
法華経に至り、釈尊は、真実の教えである証として、ついに悪人も女人も成仏ができることを説いた。このことについて、日蓮大聖人は、「竜女が成仏此れ一人にはあらず・一切の女人の成仏をあらはす」(御書223頁)と述べられている。
今、創価学会を支えているのは婦人部である。
婦人部の強さと輝きは、女人成仏の証左である。人類の半分を占める女性は、創価の南無妙法蓮華経によって仏になる。
私は、ブロック長になりたての頃、700名の壮年部員の前で体験発表をした。
窓際族から生還し、大功徳を頂いたことを語った。鳴かず飛ばずの無名の壮年部員が、竜女の如く突然変異を起こした。
聴衆は、私の闘争と勝利の話を聞いて、何度も揺れ動いた。
難行苦行して、ごく一部の人しか仏になれないという教えではない。
南無妙法蓮華経の大確信と深い祈りで、万人が即身成仏できるが故に妙法というのである。竜女の成仏こそ、創価の力の源泉である。
これが、真実の秘密神之力である。

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by sokanomori | 2010-03-13 23:53 | 御書の登場人物 | Trackback | Comments(15)

雪山童子

                ◇関東に珍しく、道を覆う雪が降りました。^^
c0180341_2330684.jpg

本日は、雪が積もった。(^^)
近代の私たちは、雪が降っても、日頃と変わらない生活をすることができる。
日蓮大聖人の時代、雪とはいかなる存在だったのか。
御書には以下のように述べられている。
「四壁はあばらに雪ふりつもりて消ゆる事なし・かかる所にしきがは打ちしき蓑うちきて夜をあかし日をくらす」(御書916頁)
「身延山は知食如く・冬は嵐はげしくふり積む・雪は消えず極寒の処にて候」(御書972頁)
「国の習なれば冬は殊に風はげしく雪ふかし・衣薄く食ともし」(御書1052頁)
普通なら、1日として耐えられない極寒の地で、大聖人は闘われていたのである。
大聖人は、私たちの生活の数百、数千倍の苦難の中で生き抜かれた。
さて、涅槃経に、雪山童子(せっせんどうじ)が登場する。
雪山(せっせん)とはヒマラヤである。その山中で修行をしていた童子(僧)がいた。
鬼神が訪れ来て、仏の悟りの半偈を唱えた。「諸行無常 是生滅法‥」
(諸行は無常である。この世の全ては生まれては滅し、滅しては生まれる)
その半偈を聞いた雪山童子は、鬼神の前に進み出て教えを請う。
鬼神は、雪山童子を見下ろし、恐ろしい形相で吼えた。
「教えてもよい。ただし、その見返りとして汝自身を食す」
雪山童子は答えた。「お教え下さい。私の命でよければ、差し上げましょう!」
鬼神は残りの半偈を説いた。
「生滅滅已 寂滅為楽」(生滅の迷いを滅し、悩みのない境地を楽とする)
生滅は一体不二であり、生命は永遠であることを仏は悟る。雪山童子は歓喜した。
童子は、山中の岩や木に、この十六文字を刻み付け、後世の人々が、悟りを得る手がかりを残した。そして、鬼神との約束通り、自らの命を捧げるのである。
「わが人生に悔いなし!」 童子は巨木の上から身を投げた。
けれど、雪山童子は死ななかった。鬼神が、童子の求道と利他の行動に敬服し、帝釈天となって守護したのである。雪山童子は、この修行の後に仏となり、多くの民衆を幸福にした。
雪山童子は、釈尊の前世の姿である。別して私たち自身である。
求道の人生を歩む私たちは、現代の雪山童子である。

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by sokanomori | 2010-02-18 23:58 | 御書の登場人物 | Trackback | Comments(9)

日蓮大聖人のご生涯

◇日蓮大聖人生誕788年を祝して。
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日蓮大聖人。(1222~1282)
貞応元年2月16日が、ご生誕の日であられる。
2月とは方便品第二、16日とは寿量品第十六である。不思議な数字の一致である。
日蓮大聖人は、次のように仰せである。「日蓮は中国・都の者にもあらず・辺国の将軍等の子息にもあらず・遠国の者・民が子にて候」(御書1332頁)
大聖人は、特権階級の出身ではない。大聖人は庶民の子である。
鎌倉時代の宗教の多くは、護国仏教として存在していた。荘園と呼ばれる広大な領地を与えられ、巨大な寺院を所有した各宗派は、国主を守るために祈り、行動した。
民衆のためではない。国家権力に迎合した宗教である。
日蓮大聖人は、この権力と一体化した宗教と戦われた。国のための宗教か、1人1人の人間のための宗教か。権力中心か、利他か。正反対の立ち位置からの大闘争であった。
日蓮大聖人は、32歳の時に立宗宣言をされた。以降、二十余年。
大難が波浪の如く、間断なく押し寄せた。襲撃、讒言、流罪、死罪、弟子らの迫害‥。
闘争に次ぐ闘争の連続であられた。その全てを、悠然と乗り越えられた大聖人。
ついに、末法万年の全人類救済のために、大御本尊を顕された。
最終的に幕府は、日蓮大聖人の力を認め、国家安泰の祈祷を願い出る。
「国のために仕えよ。そうすれば、地位も寺院も思うがままに与えよう」
しかし、大聖人は、他宗と同列の勧誘を断った。そして、三度目の国家諫暁を果たされ、身延へ入山された。大聖人は弟子の育成をされ、未来に広宣流布のバトンを手渡された。
大聖人は、生涯、国からの保護、供養を受けられなかった。民衆の真心のご供養によってのみ、真心で受けられた。
人類史上、これほどの大弾圧を受け、完全勝利した人がいるであろうか。民を支え、民に支えられた大聖人の人生。我、ただ、感嘆をもってひれ伏すのみ。
大聖人ご生誕800周年は、12年後に来る。

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by sokanomori | 2010-02-16 00:04 | 御書の登場人物 | Trackback | Comments(12)

釈迦

◇生命の内奥に秘められた仏性を悟る。

c0180341_6274019.jpg釈尊は、釈迦族の王子として生まれた。
当時のインドは、種々の神々を祭る伝統的なバラモン教が重んじられていた。そこでは、厳格な身分制度があり、その階級の最上層部にバラモン僧が位置していた。
若き釈尊は、「生老病死」という人間にとって根源的な苦悩を解決するために、十九歳の時に出家した。種々の思想家たちに学び、さまざまな「苦行」にも励んだ。
やがて釈尊は、ガヤ(俄耶)という街の郊外の木の下で、一人、瞑想をし、ついに「永遠の生命の法」を自身の内奥に見るのである。一説に三十歳。釈迦の成道である。
釈尊は、「(真理に)目覚めた人」という意味で「ブッダ」と讃えられた。このブッダの音を漢字で「仏陀」と写した。仏法とは、仏が悟った法であるとともに、万人をブッダ(仏)にする法でもある。つまり、釈迦が悟り、万人の胸中に秘められた「仏の命」を、あらゆる人々に目覚めさせ、あらゆる人々の苦悩を解決するために、仏法は生まれたのである。
釈尊は最初、華厳経で説法を行った。出家・在家、老若男女を問わず、分け隔てなく仏法を語り弘めた。バラモンを最上とするカースト制度の中で、「人は生まれによって高貴なのではなく、行いによって高貴になる」と訴え、全ての人々に「友よ」と呼びかけた。しかし、当時の人々には意味がまったく分からない。そこで、華厳経の説法を27日(37日の説あり)で中断し、阿含経(小乗経・12年の説法)から開始した。徐々に高度な内容を説きながら機根を整え、最終的に真実の法門を説くためである。
例えるなら、釈迦は、幼稚園、小学校、中学校、高校と民衆を教化し、基盤が整ったときに、「これから説く法門こそ、真実である」と述べて、ついに法華経(8年の説法)を説いた。
法華経を円教というのは、欠けることのない完成した経典だからである。法華経以外の経典は不完全であり、クルマに例えるなら欠陥車である。
最後まで弘教の旅を続けた釈尊は、死を目前にして、「私は、皆に、分け隔てなく、一切の法を説いてきた。真実の仏陀の教えというのは、奥義や秘伝などといって、握り拳のなかに、何かを隠しておくようなことはない」と、悟りのすべてを説き切ったことを宣言して入滅した。釈迦に秘密の法などない。経典こそ、釈迦の残した全てである。
釈迦滅後、仏法はシルクロードを渡り、中国・朝鮮半島を経て、東土の日本に伝来した。
インドでは、バラモン教が変形したヒンズー教によって侵食され、仏教は消滅した。今、創価の力によって、再びインドに仏教が興隆しつつある。釈迦が願って止まなかった広宣流布は、3000年を経て、創価によって果たされることだろう。

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by sokanomori | 2010-01-12 23:21 | 御書の登場人物 | Trackback | Comments(20)


創価学会員としての日常生活を語ります。^^


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