カテゴリ:御書全編拝読( 10 )

御書全編拝読 <あとがき>

               ◇大聖人の人生が凝縮されている御書。
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c0180341_18232224.jpg三度の御書全編拝読を果たして、もう10年になる。
最初は、意味が分からず、砂を噛むような思いで読んでいた。
分からないまま読んでいたが、やがて鮮明に意味が分かってきた。
今、私は、御書を開けば、即、心に勇気と希望の炎がパッと灯る。
どんなに辛いことがあっても、読めばフツフツと闘志が湧いてくる。
御書に親しめば親しむほど、人生は豊かに味わい深いものとなる。
私は、あるときから、御書に特別の意味を感じるようになった。
それは法華経と御書の違いとも言うべきものである。
過去、誰かから(父であったように思う)聞いたことがある。
「法華経は設計図である。その設計図で家を建てたのが大聖人様だよ」
「設計図に人は住めない。家あればこそ、人は幸せに生きられる」
絵に描いた餅か、本物の食べられる餅かの違いはあまりにも大きい。
つくづく、そのように思うようになった。
御書とは、現実の大聖人の御生涯の記録である。全部、大聖人の体験である。
あらゆる法華経の文句を、現実に実践されご身読された大聖人の証明書‥
比類なき行動、未曽有の勝利の経典が御書‥
御書は、虚しい空論ではない。理屈ではない。
大聖人の人生が凝縮された御書。そのことが、年々歳々鮮明に分かってきた。
私は、これからも永遠に座右の書として歩んでまいります。
どうか、皆さまも、御書と親しまれますよう。(^^)

<御書シリーズの終わりに>
以上で「御書」、「御書全編拝読」シリーズを終了します。
御書は語り尽くせませんが、思いの多くは記事にできたと思っています。
なかなか最初はムズカシイものですが、決意一つで全編拝読ができるし、また、読み込むことで人生が大きく変わることは間違いありません。
共々に、これからも、世界一の経典「御書」を学んでまいりましょう!(^^)
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by sokanomori | 2013-11-10 21:10 | 御書全編拝読 | Trackback | Comments(32)

御書の全遍拝読

 ◇御書の全遍拝読に憧れのある皆さまへ。

c0180341_2055759.jpg私は、日蓮大聖人御書全集を三度拝読しました。
写真はその御書です。新編を二度、編年体を一度拝しました。
通常、新編を御書と私たちは呼んでいますが、それより少し分厚い御書を編年体といいます。
新編は、冒頭に論文、後半に弟子ごとに御消息(御手紙)がまとめられていることに対し、編年体は、大聖人の御年齢順で収められており、立宗宣言から立正安国論、伊豆流罪、佐渡流罪、身延入山の年次でまとめられています。
編年体は、大聖人の歩みを知るにはとても有益です。
さて、御書全編拝読という挑戦、皆さまはどう思われますか?
途方もない挑戦と思われるでしょうか。
確かに、例えるなら、エベレストに登山するようなものです。
特に、前半部には難解な論文が幾つも収められており、その難所を越えるには強靭な決意がなければ乗り越えることはできません。
古文や漢字の不得意な人は、御書をまるまる読むということは発想として涌かないかも知れません。けれど、そういう人でも、本気になれば必ず読めるようになります。
その実例が私です。
私は漢字に弱く、20歳のころは、御書を開くと気分が悪くなるほどチンプンカンプンでした。
しかし、「読んでみたい」という憧れが生れ、やがて御書を三度読みました。その達成感は、まさにエベレストの頂上に立つがごときものでした。
人によっては「我流の読み方に何の意味があるの?」と思われる人もいるでしょう。けれど、苦労して読み込む行為は、間違いなく大きな鍛えとなります。
そして、その後の教学を飛躍的に成長させる基盤となります。
もし、読者の方が全編拝読に挑戦したいとお考えなら、私は「御書の半分を読んでください」と申し上げたいと思います。
分かるとか、分からないとかでなく、とにかく体当たりで読む。
砂を噛むような思いでも読む。そして、前半を読み終えたら‥
もう大丈夫です。後半はものすごく楽しく、大歓喜をもって読めるようになります。
そして、読み終えた人は、さらにもう一度読んでみようと思うことでしょう。
読めば読むほど御書は好きになり、飽きることがありません。さらに、創価の三代の会長、創価学会がいかに正しく、偉大であるかを鮮烈に知ることになるでしょう。
千里の道も一歩から。さあ、歩み始めましょう!(^^)

以下に、御書拝読に関する記事を添付します。
◆私の御書全編拝読への挑戦  ◆仏教哲学大辞典・漢和辞典の活用
◆添付資料1 <系統図など>  ◆添付資料2 <列伝と年表など>

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by sokanomori | 2013-03-21 21:24 | 御書全編拝読 | Trackback | Comments(15)

創価学会版 御書 <添付資料1>

               ◇系統図や作法なども詳細に書かれている。
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御書には、上写真のような系統図も収められています。
これは、大聖人が作成されていた資料で、中国やインド、日本の歴史、人物、経典の分類などを詳細に記録されたものです。この1つ1つを辞典で調べていくと、仏教の発生から大聖人ご在世までの歴史がはっきりと見えてきます。
大聖人ほど、真剣に仏法を研究、探求された人はいません。
また逆に、他の僧侶がいかに不勉強なことか。
そのことが、このような系統図からも感じることができます。
下写真は、私たちが勤行、唱題をするとき使用する数珠を調べたもの。
数珠にも意味があります。
1つ1つ調べると、仏教の深さと広さが理解できて楽しくなります。
次の資料2は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2013-03-21 06:38 | 御書全編拝読 | Trackback | Comments(7)

創価学会版 御書 <添付資料2>

               ◇弟子檀那等列伝、年表、索引について。
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写真は、上から弟子檀那等列伝、年表、索引(編年体)です。
弟子檀那等列伝は、御書に登場する主要な人物(四条金吾や太田入道など)を紹介したもの。年表とは、大聖人のご生誕から御入滅までの年次の解説書で、大聖人が何をされ、国内外でどのような出来事が発生したかなどが書かれているものです。
索引は編年体御書の末尾にあります。
御書本文以外の参考資料や索引なども、御書を作成した人々の工夫や努力が感じられる箇所でもあります。
私の御書に、2度目の拝読をしたときの感想がメモされていました。
「(御書には)大聖人と共に、敵、味方、信心強き人、弱き人、退転者、勝利者、敗北者、ありとあらゆる人が登場する」、あるいは「(御書を通じて)仏教の歴史、大聖人の御生涯が鮮明に理解できる」と書いています。
濁悪の世です。敵がいて、味方がいて、勝つ者、負ける者がいる。
その中で、どのように生き、どのように死んでいくのか。
大聖人の人生を知り、弟子の人生を知る。
そのことは、自身の人生を知ることにも繋がることでしょう。(^^)
御書のあちらこちらをご覧になられるのも面白いものです。

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by sokanomori | 2013-03-21 06:27 | 御書全編拝読 | Trackback | Comments(6)

御書を読む(下)

◇御書から掴んだ確信は絶対に消えません。

c0180341_20174874.jpg前回の記事は、→ここをクリック!
このプロセスを経て、私は三度目の御書拝読を開始しました。
三度目は、編年体御書(左写真)を読みました。
この御書は、大聖人のご年齢順でまとめられた御書であり、時系列なため、独自のインパクトがありました。
三度目は、懐かしさ、「そうだ、そうだ」という読み方に変わり、すらすらと内容が掴めました。
過去、砂を噛むような思いで読んだ難しい御書も意味が分かり、味わいも分かり、シビレるような感動を感じながら一部始終を読みました。
その中で、最初のころ、異変が起こりました。
それは一生成仏抄を読んだときのこと。
表題を見た瞬間、私は目覚めたのです。
「一生を仏として生きることが究極の幸せ」であると直感したのです。
「これだ!大聖人がおっしゃりたかったのは、この4文字だ!」と。
当時のことを書いた記事は、→ここをクリック!
私が不思議だったのは、御書に「幸福とは何か」の具体的内容が書かれていないことでした。少なくとも、「健康で、経済基盤が安定し、子々孫々栄え‥」という現代風の幸福論は書かれていない。
幸せになりたいと願い信心しているのに、その具体例が示されない。
むしろ、弾圧され、ずっと戦い続けられている。
何故、こんなにも苦しい思いをして仏道修行をするのだろうか‥
その疑問が、ぱっと、理屈ではなく、信念の部分から見えたのです。
そのときの興奮は、今もまったく色あせません。
何故なら、その時、私の命は180度回転し、自己の幸福の追求という人生観が、利他、慈悲、広宣流布といった他者の幸福のために生きる意識に変わったからなのです。
そうしたらどうなったのか。
結果として現証が出ました。窓際族が解除され、職場復帰ができた。
不思議な体験でした。心が変わったときに環境が変わったのです。
この命と環境の変化は、私の人生最大最高の宝の体験となりました。
それともう一つ、池田先生のすごさを理解できるようになりました。
先生の御書の解説は途方もなくスゴイ。ボンクラの頭ではとても分からないことを、「そういう意味だったのか!」と、いつも驚かされるのです。
深いし、正確だし、先生の偉大さを心から分かるようになったのも大きな功徳でした。
読者の皆さまの中には「窓際族で三度読んだ」では、参考にならないと感じる方もいらっしゃるでしょう。けれど、読めようが読めまいが、とにかく御書に体ごとぶつかって欲しいのです。これはある意味、基本と思うからです。
求道し、決意し、スタートする。読んで祈り、祈って読む。
私は方法論ではなく、決意してやってみることに尽きるのではないかと思います。御書とは、大聖人の声です。当時のまま、私たちは日蓮大聖人のお声を直接聞くことができる。
読者の皆さまは、日本人だから読める権利を有している。
それがどれほど凄いことか。
御書を読めば、大聖人がどんどん近づいてきます。そして、大聖人が眼前にいらっしゃり、自身を抱擁くださっていることすら分かるようになります。
大聖人の御書で苦しみは消え、喜びは増大します。
さあ、読みましょう!
私たちは日本人です。必ず読めるのですから。(^^)
尚、ブログともだちのみかん。さんも、御書を全編拝読されています。
みかん。さんの御書拝読は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2013-03-19 21:35 | 御書全編拝読 | Trackback | Comments(12)

御書を読む(中)

◇御書は、読めば読むほど感動が増幅します。

c0180341_542961.jpg次に、初回と2度目の御書拝読についてお話します。
前回の記事は、→ここをクリック!
私は、漢字は弱いです。
ですから、最初、読めない漢字は適当に読むか、とばして読みました。
声は出しません。普通に書物を読むように、目で追いながら読みました。
戸田先生の発刊の辞から読み、やがて唱法華題目抄へと順々に進みました。

最初の唱法華題目抄はまったく意味不明で、砂を噛むような思いで読みました。
文章はなんとなく分かりますが、「何を言わんとしているのか」ということはまったく分かりません。チンプンカンプンでした。(^^:
次に立正安国論になりました。
冒頭の内容はなじみがあり、最初は感動的に読めましたが、やはり途中から難しくなり、読み終えたときには、何だか分かりませんでした。
その次は守護国家論です。これもやたら長く、同じでした。(^^:
このように、意味が良く分からない御書が、全集の前半にぎっしりありました。
読んでいても、論理的であまり心には響きませんでした。
でも、私の決意は揺るぎませんでした。
後半からは分かりやすくなり、日蓮大聖人の弟子に対する思い、師匠と弟子との抱擁しあうような触れ合いを1つ1つ知り、そのやりとりに感動できるようになりました。
特に、恵まれない境遇の弟子や苦難の弟子たちへの大聖人の激励が胸に迫りました。
実は、前半で苦労した分、読解力が向上し、後半はかなりはっきりと読めるようになりました。そして、沢山の感動を得ることができるようになりました。
加えて、御書全集の最後にある弟子檀那等列伝や年表も読み、これらの全てを読み終えたとき、御書の全体が把握され、この御書全集を作った人たちの思いや苦労も合わせて知ることができました。
達成感はとても大きなものがありました。全部読んだという達成感で大いに歓喜し、唱題にも力が入るようになりました。
次に2度目の拝読を始めました。
今度は薄っぺらい読み方ではいけないと思い、仏教哲学大辞典、分厚い漢和辞典を用意し、1つ1つ丹念に主要な語句を調べながら読み始めました。
仏教哲学大辞典の記事は、→ここをクリック!
この調べながらの読み方は、とても時間がかかりましたが、その苦労が全部血肉になり、内容がよく見えるようになりました。そして、数千年の仏法の歴史が、この御書の中に全部収まっていることを知りました。
私は御書が大変面白くなり、やがて夢中になって読み進め、2度目の拝読を完了しました。
その歓喜たるや大変なものでした。実は、御書は、このように読めば読むほど、調べれば調べるほど力がついてくるし、感動も増幅するのです。
いつしか、実生活にも大いに変化し、窓際族の生活も楽しくなりました。
「こんな楽しい生活なら、窓際族が続いてもいい」と思うようになったのです。(^^)
しかし、1つだけ疑問がありました。
それは「大聖人はどどのつまり、何をおっしゃりたかったのだろう」との疑問が生まれたのです。「この膨大な御書で、とどのつまり、何を言われたかったのか」と。
このとき、学生部時代の難聴の先輩のことを再び思い出しました。
「あの先輩も同じことを思ったに違いない。だから再び読み始めたのだ」と思いました。
私は三度目の拝読をスタートしました。
次の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2013-03-19 06:06 | 御書全編拝読 | Trackback | Comments(26)

御書を読む(上)

 ◇決意すれば必ず読めるようになります。

c0180341_2330209.jpg創価学会員にとって、御書は関心のある存在です。
しかしながら、勤行、唱題はしていても、御書はなかなか開かない。
読んでみたいという気持ちがあるにせよ、難しい御書を読むことを決意することはなかなかできません。まして、ムズカシイ古文が1600ページにぎっしりと書き込まれていて尻込みしてしまいます。
読みたいけれど、やっぱり読めない。
先日、コメント欄に「御書を学びたいが、良い初心者用のテキストはありますか?」とご質問をいただきました。あるいは、「どうすれば読めるの?」とも。
そこで、私自身の体験から、どのようなプロセスで御書が読めるようになったのかをシリーズでお伝えしたいと思います。
まず、御書に肉薄し、御書を我がものとするには、様々な方法があるにせよ、何より当人のやる気が一番大事です。すなわち、御書を読みたいという気持ちがあれば、おのずと読むし、読めるようになります。とどのつまり、御書への強烈な憧れがあれば、どんなに漢字が苦手でも読めるようになります。
私は過去に、御書全集を三度拝読いたしました。
そのきっかけは、会社で窮地に追い込まれ、窓際族となり、悩んだこときにあり余る時間があって、御書を読み始めたのです。
その当時を記述した記事は、→ここをクリック!
しかし、苦しいから読んだのではありません。
心の中に読んでみたいという気持ちがあったからです。
読んでどうなったと思われますか?
結果、信心が好きになり、楽しくなり、祈りが深く強くなって、功徳がとめどもなく出るようになったのです。しかも、頭も良くなりました。(^^)
御書を学ぶということで、実は、唱題と同じように功徳があるのです。
さて、では、そのきっかけとなった20歳の頃の話をいたしましょう。
私が読みたいと思った種子は、大学生のときに植えられました。
1人の学生部の先輩が、御書を全部読んで、「もう一度読むつもりだ」と言いました。
私は「ヘンな人だなー」と思いました。御書をコツコツ読んでいる先輩は根暗に思えたし、変わった人という印象しかありませんでした。
学生部の活動で忙しいのに、わざわざ御書を独自で読む‥。
なんだか、自己流の信心に思えたのです。
やがて、年月が重なり、それから20年が過ぎ、私が40歳になったとき、私は窓際族になりました。出社しても仕事もなく、ただデスクに座っているだけ。そこでふと、大学時代の先輩のことを思い出し、私も日本人として生まれてきたし、時間もあるのだから「一度は読んでみたい」と思ったのです。
大学時代のその先輩は、難聴の人でした。
今から思えば、周囲には分からない悩みもあったのでしょう。
私は窓際族になって、その先輩のことを思い出し、ついに「私も読もう!」と思いました。
生まれて初めて、私はその気になりました。
そして、挑戦の果てに、三度も拝読を果たすことができたのです。
御書拝読挑戦の過去の記事は、→ここをクリック!
次回は、私がどのように読み進めたのかをお話しましょう。
次の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2013-03-18 06:26 | 御書全編拝読 | Trackback | Comments(9)

御書の全頁拝読

                ◇私は御書を三度“全頁拝読”しました。
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一昨日、4月28日の「立宗の日」は、御書全集の発刊記念日でもある。
今回、聖教新聞で60周年の佳節と知り、感慨深く記事を拝した。
私は、今から10年前、発刊50周年のとき、御書の全頁拝読を果たしている。
正確には49周年に読み、50周年には2度目の拝読に挑戦していた。
結果、私は三度、御書の全頁拝読を果たした。
私が「全頁」と申し上げるのは、日蓮大聖人の御書本文以外の解説や凡例(上写真)、目録や列伝、年表までの全てを三度拝したとの意味である。
すなわち、御書の冒頭の戸田先生の「発刊の辞」、さらに日享(にちこう)上人の「序」から、御書の終わりの「発行元」の記述までの全てを三度読んだのである。
戸田先生の発刊の辞には、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべ」(1361頁)との御文がある。
戸田先生は、この御文に続き、「創価学会は初代会長牧口常三郎先生之を創設して以来、此の金言を遵奉(じゅんぼう)して純真強盛な信心の基き、行学の二道を励むと共に如説の折伏行に邁進して来たが、剣豪の修行を思わせるが如きその厳格なる鍛錬は、学会の伝統・名誉ある特徴となっている」と述べられている。
戸田先生は永遠の経典たる御書全集に、殉教なされた牧口先生を記され、全創価学会員に永遠の指針を示された。
池田先生は、2001年10月19日の聖教新聞の「随筆・人間革命」に次のように書かれている。
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(戸田)先生の訓練は厳しかった。普段から「この語句はどういう意味か」「御文を解釈してみなさい」等、いつ質問が飛び出してくるか分からない。
毎回、冷や汗が出る思いだったが、これこそ「剣豪の修行」のごとき訓練であったと感謝は尽きない。
------------------------------
池田先生は、教学の重要性を語られ、「教学なき信仰はない」とまで述べられている。
かく言う私は、学生部時代はまったく御書が読めなかった。
読めない漢字が沢山あって、大の苦手であった。
あるとき、創価大学の先輩から「御書全集の2度目の拝読をしている」と話に聞いた。
「この人は、一体、何のために、こんなことをしているのだろう?」
私は先輩の挑戦に、ただ驚愕しているだけだった。
先輩は、難聴で、話し言葉が正常な発音ではなかった。難聴という苦労が、すでに学生部で御書の全編拝読をさせる原動力になったのであろう。
そのことがインプットされていたからであろうか。
私は窓際族の時、御書の全頁拝読を果たしたのである。
当時の拝読の記事は、→ここをクリック!
私は、これからも、御書の“全頁拝読”に挑戦したいと思っています。(^^)
御書全頁拝読挑戦の過去の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori | 2012-04-30 21:36 | 御書全編拝読 | Trackback | Comments(12)

御書全頁拝読への挑戦

               ◇私は、このようにして全頁拝読しました。^^
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c0180341_20533423.jpg先日、東の空さんからコメントがあった。
「質問があります。私は通解付きの御書しか読めません。昔の大百蓮華に『意味はわからなくてもいい。読めば功徳がある』と書いてありましたが、いかがなものでしょうか?」とのこと。
そのコメントの記事は、→ここをクリック!
ご質問は、とっても大事なこと。
本日は、実際に、御書の全頁拝読にどのように挑戦したかをお話しいたします。
かくいう私は、学生部時代、御書を開くとチンプンカンプンでした。
まるで、外国語のような感じ。その私が、御書を3回読んだのです。
御書全頁拝読の過去の記事は、→ここをクリック!
最初から意味は分かりませんでした。特に、最初の「唱法華題目抄」が分からない。意味が分からないから感動しない。多くの人が、この御書で挫けてしまう。(笑)
挑戦した人の多くは、同じだと思うのですが、まず、「読みたい」という願望があること。そして、「何が何でも、絶対に、最後まで読み通すぞ!」という強い決意が前提条件です。
とにかく読み始めることです。分からないままでも読む。読んでいくうちに、何故か意味が分かるようになります。でも、1度目、3分の1は良く分からなかった。
そこで、2度目に挑戦した。今度は、「絶対に、意味をきちんと把握するぞ!」と決意した。
仏教哲学大辞典(写真上)で意味を調べながら読んだ。ある程度、これで理解できた。
ただし、池田先生の読み方からすると浅いし、我見が混じる。読んで分かるんですよ。三代会長の深さと凄さ。^^
挑戦においては、「仏教哲学大辞典」、「漢和辞典」が必需品。漢和辞典は、文字数が多いものを購入すること。加えて、下写真のような厚紙を切ったシオリも便利。よく出てきて読めない漢字を書いておくと、いつか覚えられるのです。(笑)
御書にコメントを書く時には、御書の大きさに切った柔らか目の下敷き、HBのシャーペン、消しゴムを使用します。シャーペンの芯が固いと、御書が破けたりする。ですから、HB以上の濃さの芯をお使い下さい。
さて、日本人として生まれた私たち。私たちは、御書を原文で読めるという特権があるのです。一度は挑戦したい。得るもの猛烈にありますよ。
読めば読むほど、日蓮大聖人を身近に感じられるようになります。700年の時空を越えて、日蓮大聖人の直接のお声が聞こえてきますよ。(笑)
私のふるさとの学会員の先輩で、7回も御書を読まれた人がいるのです。
いつか、私も、再度挑戦したいと思っています。

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by sokanomori | 2010-05-20 23:44 | 御書全編拝読 | Trackback | Comments(13)

御書

◇剣豪の修行の如き鍛錬
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日蓮大聖人の御書。日本人として生まれた幸せを感じずにはいられません。
大聖人の御書を原文で読めるのは日本人の特権です。私は、40歳の時、御書全集全編、1600頁の拝読を決意しました。1度ならず3度、全頁を拝しました。
教学力の弱かった私は、1回目に拝したとき、意味が十分に分からないまま読了しました。2度目は、分厚い漢和辞典と仏教哲学大辞典で調べながら拝読。
3度目には編年体御書を拝しました。
読もうとしたきっかけや感想は、別の機会にお話します。一点だけ、開始した理由を申し上げれば、「来世も日本人として生まれる確証はない。せっかく日本人として生まれたのだから、大聖人の御書を全編読んでみたい」と純粋に思ったからです。
2度目までの拝読は大変でした。
油汗を流しながら、自身の魂をぶつける思いで読みました。
御書全集の冒頭、戸田先生の辞に、「剣豪の修行を思わせるが如きその厳格なる鍛錬は、学会の伝統・名誉ある特徴となっている」の一文に励まされながらの挑戦でした。
お陰で3度目は、味わいながら読むことができました。
皆さんも、機会があれば挑戦してみてください。
日本人として生まれた幸せを味わってください。

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by sokanomori | 2008-12-08 22:36 | 御書全編拝読 | Trackback | Comments(13)


創価学会員としての日常生活を語ります。^^


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